講演+インタビューシリーズ『ライフスタイルを見る視点』


10.まとめ


「旅する大工」が私の想像を軽々と超えてきた

 日頃、大工を中心とする建築職人の急速な減少と高齢化について何とかせねばと思い、機会を見つけては色々なところでその改善の方向についてしゃべっています。その際のキーワードは「ものづくり世界の豊かさ」。収入が良いとか、比較的自由に休みがとれるとか、そういう勧誘話は建築職人の世界では容易には成り立ちません。つまるところ、建築職人のしごとの魅力と言えば、しごと自体の面白さであり、豊かさだと思うのです。そんなことをしゃべっています。

 じゃ、どんな面白さ?どんな豊かさなの?そう聞かれることも多いです。頭と体の両方で覚える技能が日々上達していく成長の感覚を持ち続けられるのが趣味のスポーツや楽器演奏のようで楽しいとか、毎日やった分だけ建物がそして町ができていく達成感を豊かに味わえるとか、出来上がると住む人や使う人に感謝され豊かな人間関係ができあがるとか。日頃私はそんなふうに答えているのですが、今回訪ねた「旅する大工」いとうともひささんのしごとの豊かさには心底驚かされました。

 大工だから、建築職人だから、空き家のいくつもを新しく使えるように仕上げ、新規の活動を盛り込み、空き家だらけの漁村集落に全く新しい空気を吹き込んでいるのです。よそ者だったはずのいとうさんが、今では新たな集落づくりの星のような存在になっています。何と面白く豊かなしごとでしょうか。技能を身に付けた者だからこそできるすまいとまちのフロンティア開拓。道具を積んだ車とあとは体一つでそれができてしまう。かつての西部劇のヒーローたちのようで、カッコイイです。若いのに育てた弟子がもう10数名。その面でもいとうさんは希望の星です。

(松村秀一)



移住概念と建築の作られ方の更新

 案内されて1階に入ると、無国籍で独特の開放的な空気感である。日本の古い家に入った時に感じる、閉じられた感、陰鬱な感じが全くない。海南市の気候・光によるところもありそうだが、明らかにリノベーションによっておおらかさが拡大している。これが、いとうさんの言われる「余白」 なのか。

 壁の棚には様々な大工道具・部品が整理されており、ここがただのカフェではないことがわかる。2階にあがると、SDレビューに出展されたプロジェクト模型と2070年までの計画が示されたパネルが迎えてくれる。海側の窓のすぐそこを列車が走る。反対側のテラスから見える集落の建物の多く(十数棟!)が、Re SHIMIZU-URA PROJECTなのだ。にわかに信じ難い。

 近年、住宅地や集落を対象とした学生の卒業設計で、年ごとに地域がこのように展開しますというストーリーの作品が結構ある。教員はしばしば、夢物語で説得力がないと批評してしまうのだが、ここ冷水浦ではそれが実現している。これからは、和歌山でいとうさん達がもうやっているよと言おう。

 ここで大工修行中のフランコさんは、ペルー出身。インドの楽器である百弦琴を(インドではなく)岐阜で習ったプロミュージシャンだという。いつのまに日本はそんなふうに国際化したのか。フランコさんを含め、いとうさんはここで12人の弟子を育てた。冷水浦を拠点としハイエースで各地に出向き、大工現場の仕事をこなしながらである。

 いとうさんは、小さな現場なら電気、水道、左官まで全部やるという。頼もしすぎる。基本自分ではデザイン・設計しない。1階に光を落としている色ガラスが嵌った特徴的な開口も、依頼した計画案が尊重されている。しかし施工の際に,空間の質がなんとなくコントロールされているという意味で、やはりデザインをしているのだと思う。

 冷水浦には、みかん収穫のため二ヶ月だけ全国から多くの人がやってくる。空き家改修の手伝いに学生達もやってくる。Re SHIMIZU-URA PROJECTは彼らに住む場所を提供している。プロジェクトによる移住者と地域との軋轢がないということに驚かされる。1階の「チャイとコーヒーとクラフトビール」のマスターはなんと集落の自治会長さんだという。人口減少でシラス漁の存続が危ういシビアな状況の中、いとうさん達は期待されているのだ。

 移住いうものの概念、地域における建築の作られ方、そして建築学科卒業生の生き方が、更に、明らかに変わりつつあることを教えていただいた取材だった。

(鈴木毅)



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