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伊藤: |
大工修行を積んだ工務店は、住宅メーカーの下請けでした。とにかく指定された棟数を工期内に仕上げていく。住まい手の顔を見ることなく次の現場に移っていく仕事です。かつて「早いうまい安い」という売り文句がありましたが、住宅メーカーのビジネスにも似たところがあります。こうした考え方が分からないわけじゃありませんが、次第に辛くなってくるんですよ。ものづくりの立場としては、拘りたいところがあるじゃないですか。でもそうした拘りは否定されてしまう。
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松村: |
独立後は、旅する大工と呼ばれるようになりましたね。
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伊藤: |
ハイエースに工具一式を積んで様々な場所に出かけ始めました。車がオフィス兼住宅兼資材倉庫です。ここから東北へ向かえば12時間はかかります。お昼過ぎに出発したら深夜に到着するので、そのまま休んで朝一番から仕事に取りかかる。こうした生活を7年間くらい続けました。
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鈴木: |
千葉県館山市の茅葺きゴンジロウ(「ライフスタイルを見る視点」第52回参照)に関わるようになったのはその頃ですか?
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伊藤: |
そうです。現在も月1回ほど出かけていて、冷水浦にも東大・岡部研のOBがやって来ます。色々と手伝ってくれていて、冷水浦の家具づくりなども行ってくれました。もっともゴンジロウの活動は儲けのためにやっていないので、生活の糧は本職の大工仕事で得ています。飲食店や美容室の現場が海南と大阪に一つずつあって、その次に和歌山・有田市と兵庫県・神戸市の現場が始まる予定です。神戸の仕事は、小学校の同級生だった歯医者さんの依頼です。2015年にビルの一角から始まったクリニックで、9年間で4フロアを占めるようになりました。この間、僕が継続的に工事をしています。
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鈴木: |
伊藤さんが担当するのは大工工事だけでしょうか?
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伊藤: |
小規模現場なら、電気、水道、左官まで一人でこなします。さすがに中規模くらいになると電気工事は電気屋さんに任せますけど。
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松村: |
そうした流儀はどこで身につけたのでしょうか?
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伊藤: |
29歳の時、建築家の自邸を一人でやらせてもらったんですよ。それがきっかけになりました。建具を刻むところから全て任せてもらいました。効率は悪いわけですが、それがまたいい。ゆっくりゆっくり、自分がやりたい作業をずっとやっていく感じです。職人にとってこんな楽しい事はない。工期を気にせず思い通りに仕事をしていると、お金が安くても構わないと思えてきます(笑い)。
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