講演+インタビューシリーズ『ライフスタイルを見る視点』


7. まとめ


大地との繋がりを希求する人びと

 1939年に製作されたアメリカ映画「風と共に去りぬ」(原題“Gone with the Wind”)。映画史上に燦然と輝く大作である。2024年12月2日時点でのウィキペディアによれば「インフレを調整した歴代の興行収入では、2020年でも『風と共に去りぬ』が第1位である」らしい。私より上の世代であれば、日本人でも、4時間近くに及ぶこの長編映画のラストシーンを多くの人が記憶していると思う。娘も友人も恋人も財産も、そしてついには最愛の人までも失ってしまったヴィヴィアン・リー演じるスカーレット・オハラが、突然「タラ」という故郷の土地の名前を口にし、大地に立って空を見上げ「帰ろう」、「望みはあるわ。また明日は来るんだもの」と涙乾かぬ目に希望の光を宿す場面である。様々な人間関係に翻弄されながら生き続けてきて、仮に何もかも失ったとしても、最終的には人間には自らを育んだ大地との関係があるという人生の大原則を気付かせるための4時間弱であったのかと、何度観ても深く納得させられる。

 さて、新しく開発された埋め立て地での暮らしに手応えを得られず、原発事故を機に見知らぬ鳥取の地に住み着き、本屋と農業を始めた森さんの生き方の話は、私に、「タラ」という言葉を発した時の希望に満ちたスカーレットの表情を思い起させた。森さんは生きるための柱として、この地で大地との関係を取り戻しつつあるのだと強く感じた。だから、大工仕事をやったり、農作業をしたり、本屋を開いたり、気の向くままあちらこちらに動いているように見えながら、芯がぶれず確信に満ちているのだと思う。

 新しい生き方を切り開こうと移住する人々の中には、大地との繋がりへの希求があるのだということ。森さんに会って、そのことに思いが至ったのは、私にとってとても嬉しいことだった。人々が確信をもって生きていくために大地との繋がりを再構築する。そのために空き家や空き地等の空間資源が利用される。今の時代の素敵なところだと思う。

(松村秀一)



埋立地の違和感と蟻継ぎの修行

 「汽水空港」という不思議な名前の書店は,本好きにとって聖地の一つである。独立系書店巡礼の旅で鳥取の「汽水空港」詣でをする人は多い。私も一昨年,やっと訪問をすることができ,お店の佇まいと棚の本の並びに感動した。

 店主のモリテツヤさんについてはウェブ上に既に多くのインタビューがあり,今村謙人さんらの単行本「日本のまちで屋台が踊る」には,汽水空港に至るまでの詳しい経緯も掲載されているので,あらためて取材するのは心苦しかったのだが,この連載「ライフスタイルとすまい」に相応しい,いやライフスタイルというより根源的な生き方をめぐって,これまで紹介されてない貴重で興味深いお話を沢山伺うことができた。

 インドネシアの後に住まれた,幕張の埋立地の環境が,森さんの思考や行動の背景にあるということには納得してしまう。「生身の人間が感じられない街」という言葉は建築関係者にとって重い。森さんの言葉には,自分の感覚を信じ,感じた違和感について,本を読んで,考え続けてきた人ならではの重みと豊かさを感じる(インタビュー中,ふと見上げると壁に斎藤耕平さんの「共に考え続けましょう」というメッセージがあった)。

 そして,まさか森さんから「蟻継ぎ」という単語と,大工修行の話をうかがうとは思わなかった。前回の訪問時,うかつにも気がつかなかったのだが,本棚だけでなく,汽水空港の建築自体が森さんの自作なのだ。しかも聞けば森さんばかりでなく,周囲の移住者の方々も皆,大工仕事ができるのだという。確かに考えてみると,プロに頼むお金がない当事者が,自力で場所をつくろうとする時,大工技術を身につけるのは当然のことなのだろう。建築職人不足については松村さんの論考に詳しいが,小規模のものに関しては,場をつくる当事者が職人になるというのが自然である(加藤潤さんのコミュニティ大工もそうである)。

 汽水空港のウェブサイトの「世界に幅とゆらぎあれ」というメッセージ(祈り?)が好きである。面白いお話ばかりでインタビューの時間が長引き,列車の時間がせまったため,入り口すぐの棚に雑誌「新百姓」が並んでいるのを確認した以外は,本棚を拝見し,本を見つけて購入する時間を全くとれなかったことだけが心残りだった。また訪問しよう。

(鈴木毅)



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