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松村: |
森さんは農業をしながら本屋を10年間ほど営んできました。こうした暮らしをどのように思っていますか?
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森: |
色々なことがありましたが、そのたびに希望を見つけてどうにか続いています。このあたりの若者は、高校を卒業したら大阪や東京に出て行ってしまいます。文化に触れられる場所があれば、そういう流れを食い止められるかもしれないと思って汽水空港を始めましたが、ここに興味を持つような人ほど都会に出て行ってしまう。そういう現実に向き合い続けている感じです。
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鈴木: |
そうすると、お客さんはどこから来ているのでしょうか?
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森: |
県内の一部の人と車で2時間圏内くらいの人々です。ですから本を仕入れるために建築工事のアルバイトをしています。しばらく前までは著者を招くイベントを行っても、お客さんが集まらないのでアルバイト代から謝礼を支払っていました。そうして精神的にも体力的にも疲弊が極まったときは、もう少し大きな街に移ったほうがいいのではないかと思ったりしたこともありますが、不思議とそういう気持ちが高まった時に、存在だけで励まされるような人が移住してきたりするんです。
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松村: |
自然と集まってきているわけですか。どのような人たちですか?
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森: |
例えば、宮原翔太郎さんが「喫茶ミラクル」を浜村温泉に開きました。そこを拠点に定めるまで、パーティーしながら家を改装するという取り組みを各地でしてきた人です。それからコロナ渦中に引っ越してきた家族が、「jig theater(ジグシアター)」という映画館を始めました。映画や監督の知名度を問わず、彼らが本当に観て欲しいと思う映画をかける映画館です。
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鈴木: |
汽水空港の影響もあるんじゃないですか?
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森: |
すぐ近くに「たみ」というゲストハウスがあります。僕が湯梨浜町にやってきた時期とほぼ同じ頃のオープンです。それぞれ地道にやってきたことが、落ち葉のように積もっていったのかもしれません。例えば、僕が自腹を切ったようなイベントはお金はあまり動かなかったとしても人の記憶には残っているわけです。それが落ち葉として堆積し、このエリアの堆肥になって、ジグシアターを引きつける素になったのかもしれない。実際、街の生態系のようなものがこの10年間くらいで活性化して、少し変わった商売をしやすい街になったと思ったりします。自然農と呼ばれる農業は、土を耕さずに野菜を栽培しながら土壌そのものを豊かにしていきます。それと同じように、文化を作るべく街をガシガシ耕すというより、堆肥になる落ち葉をひたすら出し続けてきたような感じがしています。
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