在宅医療とフレイル予防の最前線

 
成熟研委員:要介護が進みにくくなる、あるいは認知症が進みにくくなるような、住環境の特徴について、何か知見があれば教えてください。
佐々木氏:大事なことはその人が住まいであると認識できるということです。病院と住まいの最大の違いは、主権がどこにあるかということで、住まいでは自分が思ったことが優先されます。有料老人ホームは二つに分かれますが、管理する老人ホームはどんなに良く設えられていても、入居者はそこを自分の空間だとは思いません。一方で転ぶかもしれないけど、自由に動き回ってもいいとする老人ホームは、入居者にとり自分の家になります。自分の人生を穏やかに納得して暮らすために必要なことは2つあると考えていまして、一つは住環境でもう一つはヒューマンサポートです。住環境だけでも、ヒューマンサポートだけでもだめです。住環境については、入居者のプライバシーと意思が尊重され、そこに思い出が積み重ねられるような場所であればいいと思います。最後まで自力でトイレに行けるかなどは、個々のニーズに合わせて考えていくべきです。住環境では事故のリスクをゼロにすることが優先される傾向がありますが、リスクをゼロにすることで失われることがあります。やはり畳がいいとか、車いすでトイレに行きたくないという気持ちの方はいます。我々の考える快適を押し付けるのではなくて、ひとりひとりの快適さは何かを考えることが大事だと思います。
成熟研委員:低栄養になる一番の原因はなんでしょうか。単身、高齢者のみといった家族構成との関連はありますか?
佐々木氏:低栄養の一番の原因は、誤った知識だと思います。高齢者の多くは、卵はコレステロールが多いから食べてはいけないと考えていますが、卵は最も身近で安価な蛋白源です。コレステロールや脂の多いものを避けなければと考えていると、蛋白質の摂取が減ってしまいます。粗食は健康にいいと考えられがちですが、高齢になったら美味しいものを食べたほうがいい。女性は割と好きなように食べていますが、一人暮らし男性はたまに買い物に外出するような生活では食べ物はパンが主になりがちです。地域全体でのケアの中で、ちゃんとしたものを食べているかも見るべきです。高齢者は生活習慣病の検診よりも、フレイルや低栄養の検診を受けるべきと考えています。
水村教授:私がフィールド調査しているスウェーデンは、やはり在宅での看取りが多いですが、重篤になった高齢者は自宅のバスタブを取り払ってシャワーチェアを使って入浴できるようにするという住宅のガイドラインがあります。スウェーデンの研究者は、日本の特養や有料老人ホームを視察して檜風呂や機械浴による個浴が行われていることや、訪問入浴サービスに驚かれます。日本の特養や有料老人ホームを設計している人によく、シャワーだけで入浴できるようにすれば入浴が楽になるのではとお話ししますが、皆さんは日本人には湯船に入るお風呂が必要だと言われます。佐々木先生はお風呂の必要性をどのようにお考えですか。
佐々木氏:我々の患者さんは要介護度3以上で、自力で入浴することは難しく、家族が浴室に連れて行っても浴槽に入れることはできないという方々です。訪問入浴やデイサービス、ショートステイで入浴されています。末期がんの方などは自宅の浴槽に入りたいという希望があり、訪問介護士2名が入浴介助しています。保清だけならシャワーでもいいのですが、お風呂に入りたい、入れてあげたいという思いはあります。人生最終段階でお風呂に入れてよかったねというようなお話も伺います。おひとりおひとりのQOLの中でお風呂に入る選択肢も大事だと思います。末期がんの方でも入浴して一時的に重力から開放して体を温めてあげることで、身体的な倦怠感や疼痛が緩和されます。公的にサポートすべきかには議論はあるかと思いますが。
成熟研委員:50歳を超えてからの栄養の取り方について留意すべきことは何でしょうか。
佐々木氏: 65歳から70歳までの健康リスクの最大要因は動脈硬化です。動脈硬化は血管の老化で、死亡要因の3分の1は心筋梗塞や脳梗塞など動脈硬化による疾患ですから、そこのリスクを下げるために太りすぎないことはとても大事です。高齢になったら動脈硬化よりもフレイル予防をターゲットにすべきですが、50代では動脈硬化を気にしつつ、ふくらはぎなどの筋肉をしっかりつけておくことが大事です。
成熟研委員:私共は有料老人ホームの事業者ですが、有料老人ホームの方が自宅より優れている点はどのようなことでしょうか。
佐々木氏:住宅の機能からいうと、要介護高齢者の集住により効率よくサービスを提供できるし、1つのチームでしっかりと多職種連携ができるということがあります。在宅ではケアマネ、訪問介護、看護師など違うチームになる傾向があり、多職種連携は施設の方がやりやすいのかなと感じます。本人が管理されていると感じるとそこは住まいとならないので、管理せずに、生活の継続をさりげなくサポートするというスタンスで施設運営していただきたい。そうすると「有料老人ホームも悪くない」となると思います。悠翔会だけで今250の施設で診療させていただいていますが、多くの高齢者が自宅に帰りたがる施設と自分の家として友達を呼んだりペットを飼ったり思い思いの生活を送る施設があります。認知症高齢者についても、ある程度の自由と裁量が認められているところの方が穏やかに生活しておられます。事故は、実は入居者が騒ぎやすい施設で起こりやすく、自由にしていると事故が起こりやすいということはないと思います。老人ホームを選んでいただく段階で、運営のスタンスを理解していただき、本人が納得できる形で入っていただくことがとても大事だと考えています。そのためにはここならいてもいいという空間がとても大事ですが、同時にそこが住まいになることが大事だと思います。
成熟研委員:薬の問題について、佐々木先生のような医師の関りがあれば薬を整理することは可能と思いますが、かかりつけ薬局では、お薬手帳があっても、有効に使われているかが見えないということがあります。それから、テレビでは救命病棟の医師ばかりがフォーカスされて、医師を目指す若者の目が、自宅で最後まで看取ることのできる在宅医へなかなか向かないのではと懸念されます。
佐々木氏:主体的に関わりを持つ薬局は少しずつ増えているように感じています。病院外来の先生は患者さんの生活状況がわからないので、実際には飲めていないということをフィードバックすることが大事ですが、薬局についてもケアマネや訪問看護師などからこんな現状ですと伝えていただくことが自然かもしれません。テレビ番組については、実は今の医学部生が割と冷めて見ていて、在宅を支える医療とか総合診療などへの関心が高まっています。総合診療を扱う医学部は各大学にできてきています。
吉田座長:介護職はなるべく生活に寄り添おうとして、看護職はリスクに目が行くため、現場での軋轢が発生することがありますが、佐々木先生が日頃心がけていることは何ですか。
佐々木氏:多職種連携は目的共有から始まります。看護師はリスクヘッジが仕事ですとなり、介護は生活支援が仕事ですとなると連携はできないので、チームとしてその人のゴールはどこかということを共有することが必要です。最後までその人らしく納得して生きることが目的であれば、リスクよりも大事なものがあるよねと優先順位が変わってくると思います。何でもリスクというと思考停止してしまうので、優先順位をアセスメントすることが在宅多職種連携での仕事です。人生が最後に近づけば近づくほどリスクの優先順位は低くなると思います。90歳のおじいさんは病気がたくさんあるけど医師の力で助けられることは限られてくるので、医療依存度は低くなると思います。増えるのは介護依存度で、身体が弱っていっても生活が続けられるように医療が手助けします。高度成長期より前は在宅医がいなくても8割は家でなくなっていましたから、本人や家族の覚悟で在宅看取りができると思います。看護師など医療関係者の再教育も必要でしょう。


以上