(2) 健康寿命と平均寿命のギャップ
- 死亡診断書に老衰と書かれるケースは7%くらいまで増えてきていますが、実際にはそれまでに入退院を繰り返している人がいて、「健康老衰モデル」といえる人は5%くらいと考えています。そしてピンピンコロリで亡くなられる「突然死モデル」は15%くらいと考えています。残りのおよそ80%の方々は、一度大きな病気をして、緊急入院で1命をとりとめ、その後リハビリを行って地域に戻られるが、全快とはいかずに入退院を繰り返しながら衰弱していき、多くは病院で最期を迎えられる「疾病モデル」です。
- 重要なことは、平均寿命と健康寿命にギャップがあるということです(図1)。
- 日本は平均寿命が大変長くて、男性が81歳くらい、女性が87歳を超えていますが、男性の健康寿命は70歳くらい、女性は75歳くらいです。男女それぞれ10年くらいのギャップがあります。健康寿命の延伸は厚労省も取り組んでおられ、これは大変効果があり、実際に健康寿命は毎年伸びてきています。しかし、健康寿命が延びると健康寿命と平均寿命のギャップが縮まるのかというと残念ながらそんなことはなくて、健康寿命が延びると平均寿命も延びます。ギャップの年数はこれからもそれほど変わらないのではないかと、私は医療の専門家として考えています。ぎりぎりまで元気で暮らすために身体を鍛えることももちろんいいと思いますが、大事なことは、どんなに努力しても最後の10年間は医療と介護とともに生きていくことになるのです。最後の10年をだれかに支えられて生きていくという前提で、それで幸せを感じられる社会にならないと、健康寿命の延伸は根本的な解決にはならないのではないかと感じています。
(3) 健康とは身体的・精神的・社会的に完全に良好な状態
- WHOが1978年に採択した「アルマ・アタ宣言」では「健康とは身体的・精神的・社会的に完全に良好な状態であり、単に疾病のない状態や病弱でないことではない。」とされています。さらにWHOが2001年に採択したICF(国際生活機能分類)は「心身機能・身体構造」、「活動と参加」という2つの要素で構成されています。病気や障害がなくても、引きこもって社会と断絶した人は不健康と言えます。逆に病気や障害とうまくつきあいながら幸せな家庭生活や社会参加を実現している、ホーキング博士のような方がおられます。19歳の時にALS (筋萎縮性側索硬化症) と診断されたホーキング博士が充実した生活を送っている理由は、周りの支援です。その人の生涯を支える環境があれば生活や社会参加が成り立つことが大事で、体に障害があるかどうかではなくて、その人の生きることの全体を見ていくということが、在宅医療の価値観です。
- 佐賀県にお住まいの中野玄三さんは、やはりALSの患者さんで、人工呼吸器をつけ、コミュニケーターで思いを文章で伝えています。しかしビールを楽しんでおられます。普通、人工呼吸器をつけている方は食べ物が気管に流入して肺炎の原因になるので、大抵は飲食させないのですが、中野さんは人工呼吸器をつけたときに咽頭側の気道を閉鎖する手術を受けたので、家族と食事を楽しむことができます。ALSは運動神経の病気ですから、感覚神経はそのままです。ですから、食事の味を楽しむことができるのです。中野さんが日々の生活の様子を写真に撮って、フェイスブックにアップすると世界中から「いいね」が集まります。中野さんのにこやかな表情をみると、ALSという難病に冒されて人工呼吸器をつけている状態が実はそんなにつらくないのではないかと多くの患者さんも感じられて、私も人工呼吸器をつけて生きてきたいという決断をした方が多くおられます。さらに中野さんは会社経営者で、たくさんの社員を雇い、給料も法人税も払っています。中野さんは社会に支えられていますが、同時に社会の支え手でもあるのです。日本という優れた国は、ALSで「動けない、喋れない、呼吸もできない」人であっても、社会で活躍できる環境を作ることができるのです。
- 心身の機能の治る、治らないは重要ですが、仮に治らなかったとしても、その人の機能に応じた生活や社会参加のための環境をつくることこそがこれからの日本にとって必要であり、そういう意味でも、「すまい」の役割とはとても大きいと思います。