(4) 高齢者の定義の見直し
- 私は、高齢化は衰退ではないと考えています。大正時代に男性は平均的に25歳で結婚し、60歳まで働き、61歳で亡くなっていました。女性は21歳で結婚し、57歳でご主人と死別し、61.5歳で亡くなっています。つまり亡くなるぎりぎりまで社会参加しておられたのです。現在の男性は30歳で結婚して65歳まで働いて80歳まで生きられます。女性はご主人の退職時は63歳で、ご主人と死別したときは79歳、それから87歳まで生きられます。日本老年学会など75歳以上を高齢者とすることを提言していますが、私も同意します。身体機能は、かつての65歳と今の75〜80歳くらいがほぼ同じくらいであると言われています。超高齢化といっても、高齢者の基準が75歳以上に変われば、2060年の高齢化率は27%で今とあまり変わりません。つまり大事なことは、我々が80歳になっても働くことができる、そんな社会を創って行くということだと思います。
3. 高齢者に最適化した医療
(1) 若者と高齢者の疾病構造の違い
- 現在、救急搬送される方、高度急性期病院に入院に入院されている方の大部分は高齢者となっています。しかし高度急性期病院で提供する医療は、本来高齢者向けのものではありません。高齢者の場合、手術したことで病気は良くなったけど、全体的な具合は悪くなった、ということはよくあります。若い人の場合、病気の原因は外因性でシンプルなので、なにかあると病院に搬送して、手術などでその原因を対処すれば治ります。高齢者の場合は、複数の病気が絡み合っていて、原因も多岐にわたり、突き詰めていくとそれは老化になります。例えば高齢者の大腿部頸部骨折の原因は、骨がもろくなったこと、筋力が弱まったこと、認知症といったたくさんの要因が重なったものですが、整形外科の先生は骨折しかみていない。だから手術して骨はつながったが、入院中に寝たきりになり、ご飯を食べることができず、点滴が外せない、認知症が進むということが起こります。人口が高齢化するということは、つまり、このように疾病構造が変化するということなのです。高齢者について大事なことは、何かあったら病院に入院して治療することではなく、病気にしないことと、病気になってもできるだけ侵襲の少ない、その人にあった形で治療し、病気や障害があっても地域で暮らし続けられるような環境と地域でその人を支えられるケアサイクルをつくることです。
(2) 薬のリスクを認識
- 高齢者が大量の薬を処方されていることがよくあります。医師に悪気はありません。高齢者が病気別・臓器別に複数の主治医を持っていて、それぞれの医師が薬を出せば、自ずと薬の数は多くなります。また、患者さんは実際にはちゃんと薬が飲めていないのに、医師には「ちゃんと飲んでいます」と答えたりするため、医師は薬が効いていないと考え、量を増やしてしまうこともあります。家族がもらっていた薬を全部飲ませたら、血圧と血糖が下がり過ぎて救急搬送されたということも起きています。
- 高齢者は、病気別に主治医を持つのではなく、複数の病気をもった一人の人、として見てくれる主治医を1人見つけることが大切です。そして、主治医は外来だけではなく、在宅にアウトリーチして、ちゃんと薬を飲めているか、それ以前にきちんと食事ができているのかなど、生活状況も含めて総合的に診ることが必要です。
- 高齢者の転倒の原因の4割は薬剤関連といわれています。アメリカでは5種類以上の薬を使用することをポリファーマシー (多剤併用) として注意の対象にしていますが、日本では10種類以上にならないとポリファーマシーといわない。高齢者の多くは高血圧や糖尿病などの生活習慣病があり、治療を受けています。生活習慣病の治療の目的は、動脈硬化を遅らせることですが、加齢により動脈硬化が進行している高齢者に対する生活習慣病の治療は、弊害のほうが大きいという報告もあります。アメリカでは老年医学会が80歳を超えると生活習慣病は治療しなくてもよいとレポートしています。