スウェーデン『住み続ける』社会のデザイン(前編)

東洋大学教授 水村容子

 成熟社会居住研究会では、東洋大学教授の水村容子氏をお招きし、スウェーデンの住み続ける社会の、ソフト面・ハード面のデザインについてお伺いしました。

(1) 自己紹介

 私は大学生の頃から障害のある方や高齢者の在宅での居住継続のための様々な計画手法あるいは住環境の整備手法について研究しておりまして、大学院博士課程在学中の1994〜95年にスウェーデンの王立工科大学に留学をいたしました。博士論文では上肢に障害がある方の居住環境整備ということについて研究したのですが、2012年から13年に現在勤めております東洋大学から研究休暇をいただきまして、さらに1年間のスウェーデン研究滞在という機会を得ました。本日はそのような背景から、私が刊行しました本のタイトルでもあるのですが「住み続ける社会のデザイン」というタイトルで、スウェーデンの住環境についてご紹介をしていきたいと思います。

(2) 住まいを巡る環境

1) スウェーデンの概要

 スウェーデンは立憲君主制をとっており、国全体の人口は、移民の受け入れや出生率の向上で昨年に1千万人に到達したところです。首都のストックホルム市では約93万です。スウェーデンの自治体には、ランスティングという広域自治体と、コミューンという基礎自治体がありますが、ストックホルム県広域自治体レベルでの人口規模は227万人です。宗教の自由は現在認められているですが、福音ルーテル教というプロテスタント系のキリスト教信者が多数です。国の面積は約45万平方キロメートルで日本の1.2倍程度です。人口密度は20人/km²で日本よりかなり人口密度が低い状況です。
 GDPは4,926億ドルで、2016年度の世界の名目GDP順位は、日本は3位ですが、スウェーデンは23位です。リーマンショックで一度経済不況に陥るのですが、その後順調に回復しておりまして、失業率もここ数年で下がっています。主要産業は機械工業です。皆さん、ボルボやサーブという自動車メーカーをご存知だと思いますが、北部のキルナという都市で非常に良質な鉄鉱石を産出するということから、様々な重工業が盛んです。また北の方は北極圏になり、都市の大半は南の方に集中しているのですが、豊かな森林があり林業も盛んです。また一番南にマルメという、スウェーデンで三番目に大きい都市があるのですが、マルメとデンマークのコペンハーゲンは、北欧のシリコンバレーと呼ばれておりまして、ITなども基幹産業として位置づけられています。

2) 福祉国家の建設

 スウェーデンは、中世までは非常に権勢を誇った国だったのですけれども、産業革命以降出遅れまして、18世紀後半から19世紀、20世紀初頭にかけては、ヨーロッパの中でも最貧国との位置づけにありました。その一方で国際的な紛争には参戦しないということをかなり前から決めておりまして、第一次、第二次世界大戦共に、永世中立の立場から参戦しておりません。
 そして、貧困国は一般に多子多産で子供が非常に多いのですが、スウェーデンは子供の出生率も低い状況でした。ミュルダール夫妻という、経済学者と平和運動家のご夫妻が、国内の人口状況について調査し、「人口問題の危機」という報告書を1934年に刊行しております。その中に少子化の一因として、非常に劣悪な居住環境が多産という状況を阻害していることを挙げております。こうしたミュルダール夫妻の提言を受けて、スウェーデン社会民主労働党により、どのような世帯にも良質な住宅が行き渡る、特に多子世帯、子供が多くいる世帯に対して十分な住宅供給をし、そのために公共誘導で住宅供給を促進するという住宅政策がこの時期に樹立されていきます。この政党はスウェーデンを福祉国家として築き上げてきた政党で、現在も政権をとっています。
 やがてスウェーデンは福祉国家として世界中に名を知らしめるのですが、住宅供給の特徴は、住宅の計画供給に関しては基礎自治体であるコミューンが非常に重要な権限を担っており、民間事業者に対してはかなり厳しい規制が課せられてきたということです。住宅供給主体については、コミューンがアルメニッタという住宅供給公社を所有しております。さらにこの国では1930年代から住宅をコーポラティブ方式で開発供給する試みも進んでおりまして、現在も多くの住宅が協同組合により供給されています。都市部の住宅のほとんどはアルメニッタと協同組合が所有していましたが、郊外住宅地や地方部においては民間事業者も住宅供給を担っています。したがって80年代までは公的賃貸、協同組合所有、そして個人所有が住宅の三大所有形態でした。またスウェーデンでは、経済的に困窮している世帯に対しては社会住宅を供給するのではなく、住宅手当ということ経済的な補助を加える体制を組んできました。

3) 1990年代以降の転換

 しかしながら、1990年代以降のスウェーデンの住宅政策は非常に大きく方針転換しており、その理由は次のように考えられます。
①我が国においても小泉内閣によって導入されていた構造改革、すなわち英米を中心として世界経済を圧巻した新自由主義経済への移行というものが非常に大きく影響を及ぼしています。
②スウェーデン福祉国家を樹立したのは左派の社会民主労働党だったのですが、90年代以降、国政あるいはストックホルム市においては右派政党が台頭して政権をとりました。
③公的セクター主導で進めてきた住宅市場の機能不全が明らかになってきました。
④スウェーデン中央政府の住宅行政に関わる主な役割は、立法と国庫補助とされていましたが、住宅建設に対する国庫融資が過剰な社会的負担になっていると新聞報道などで問題とされました。
⑤EUへの加盟に伴い、EU規準に準じた国内法制度整備として、民間市場よりの施策展開が求められました。