講演+インタビューシリーズ『ライフスタイルを見る視点』


10.まとめ


「高品質低空飛行」というライフスタイルの説得力

昨年、首都圏から熊本のくたびれた町屋に引越して日々それを改造しながら住み着いている30代カップルの話を聞く機会がありました。あまりに楽しげに暮らしているので、パッと見は学園祭的なノリのように思えてしまうかもしれませんが、首都圏から縁もゆかりもない熊本のしかも廃屋寸前の町屋への移住です。相当な決断であったことは間違いありません。そのことを尋ねると、とてもきっぱりとした答えが返ってきました。「僕たちの目指しているのは『高品質低空飛行』というライフスタイルです」と。「若いうちは良いかもしれないけど、もう少し将来のことを考えた方が良いのではないか」などと言ってくる年長者もいるようですが、「経済が全く成長していない時代に生まれ育ち、先行きのはっきりしない時代に生きている自分たちは、成長経済下で生まれ育ち、給料も右肩上がり、年金の心配もないような、そうした年長者の方々よりはずっと真剣にこれからの人生を考えていると思います。その上での『高品質低空飛行』ライフスタイルという結論なのです。」と、これまた気持ちが良いほどきっぱりした発言でした。

この熊本のカップルにお会いした折には、時代の先端を行くとても珍しい方々とお会いできたと思っていましたが、今回ふるさと回帰支援センターでお話を伺って、そう呼んでいるかどうかは別として「高品質低空飛行」系のライフスタイルは、既に若い世代の中で一定の広がりを見せていること、そしてそれを支援する社会的な仕組みも各地でできてきていることを知り、改めて時代の大きな変化を感じずにはいられませんでした。

「定住」でなくて良いという考え方、「半農半X」や「多職」という働き方のコンセプト等々、そうした時代の変化を象徴する態度や言葉はとても新鮮で魅力的です。国内に800万戸以上もの空き家があるというストック過剰時代には、あくせくと新築に精を出し突っ走ってきたこれまでの時代とは異なる豊かさが可能性としてはあり、それを現実のものにする新しいライフスタイルがそこここで姿を現してきているのだと思います。時代の流れに身を任せてきた私のような世代の者も、もう少し自分のライフスタイルの可能性について考えるべきだし、きっと面白く考えられるはずだと思わされる取材になりました。

(松村秀一)



地方移住・循環という大きなうねり

今年の6月,プロブロガーのイケダハヤトさんが高知に移住し,ブログのタイトルが「イケハヤ書店」から「まだ東京で消耗してるの?」という挑発的なものに変わった。「クリエーター移住を促進したい」という狙いのもとに移住されて3ヶ月,既に「空き家活用計画」はじめ数々のプロジェクトを立ち上げている(http://www.ikedahayato.com)。有名になった神山町だけでなく,当連載の過去の事例も含め,クリエーターが地方に向かう事例は着実に増えている。

田舎暮らしといえば定年後の団塊の世代,というのはもはや過去の常識で,リーマンショック後,そして3.11後,地方に移り住み,働くことが,若い世代にとって一つの選択肢になりつつあることを今回の取材で教えていただいた。

とにかく地方の自治体がこんなに真剣に移住をサポートしているとは驚きであった。和歌山県のワンストップパーソン,各地で工夫されている住居を支援する仕組みや,「ほっこり雲南」の完成度に代表される充実したパンフレット。また恥ずかしながら知らなかった「半農半X」という重要なキーワード。働き方,住まい方,それを支援する仕組み,いろんな意味でポスト近代が進行中であることを感じる。成熟社会に向けての重要な動きだと思う。

今年のテーマは地方移住と決まった後,NHKのニュースでふるさと回帰支援センターの紹介を見て,まずここに伺うべきだと判断した松村さんの直感は大当たりであった。有楽町の交通会館の6階というアクセスの良い場所にあるので,ぜひ一度訪問することをお勧めする。地域の本気度と地方移住の大きなうねりが実感できる。

PS ふるさと回帰支援センター主催の「ふるさと回帰フェア」は9月20日・21日(東京),10月25日(大阪)に開催される。ポスターの絵は,ちょっと変わった学園ものだったはずが,いつの間にか「若者の起業漫画」になっていた荒川弘の「銀の匙」。まさに相応しい。

(鈴木毅)



この研究会でも,過去に何人かの地方移住を取り上げている。能登半島の輪島に移住された萩野紀一郎さんもその一人である。最近,とある雑誌を見ていたら,萩野さんの最近の活動が紹介されていた。4年ほど前から「まるやま組」を立ち上げられ,自宅裏の里山「まるやま」周辺を対象に月1回,地元の人はもちろん,全国から興味を持って集まってきた人たちと一緒に生物観察されたり,自宅を開放し地元食材で調理をしたりと,益々活動や交流の幅を広げられている様子である(http://maruyamagumi.blog102.fc2.com)。移住がちょうど10年前,40歳の時であるから,30〜40代の若い世代が移住するということは,この様に地方再生の起爆剤,キーパーソンになる可能性を大いに秘めていると言えよう。

今回伺った話では,ここ最近,まさしく若い子育て世代の人たちが,地方移住に興味を持つ様に変化してきたことに特徴があるという。移住を考える理由は様々であろうが,今まで,地方から東京へという,明治時代から加速した一方通行の価値観が多様化することは,地方再生への大きなきっかけとなろう。とはいえ,古いしがらみに縛られることが嫌で,面白いことがなく,学ぶ場や働く場もないから,田舎を捨て都会にみんな出て来たわけで,ネガティブな要素に染まりきった地方の見方,偏見を変えることは容易ではない。

生活の基盤を築く上でまず必要なのは,収入を得る手段であるから,半農半Xという働き方に代表されるように,一つの仕事内容に依存するのではなく,複数の仕事から収入を得るという方法を編み出すことがまずは必要であろう。ゼロから事業を興しても良いし,一部サラリーマンとしての顔があってもいい。いずれにせよ,柔軟に地方社会に適応して生きることは,元気いっぱいで,ポジティブ・シンキングの若い世代でなければなかなか難しいことであろう。失敗しても構わないので,その様な面白い人材が循環する社会になれば日本も変わって行くであろう。

(西田徹)




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