講演+インタビューシリーズ『ライフスタイルを見る視点』


2.日本型近代家族と住まいの変遷の4大特徴

・特徴3.日本型近代家族のキーワード=家庭
 日本型近代家族のキーワードは、旧・新の二重構造モデルのどちらにも入っている「家庭」です。「家庭」は明治期に英語の「ホーム」を翻訳するために採用された新語でした。明治の20年代以後、タイトルの中に「家庭」という言葉の入っている啓蒙的な雑誌がいくつも発行された。啓蒙運動の場合、「家」が親子関係重視であるのにたいして、「家庭」は夫婦関係重視の新しい家族のありかたである、とされました。総合雑誌のなかに家庭欄という頁がつくられたりします。現実には「家庭」家族はまだ成立していないのに、モデルについての情報は先行していました。「家庭」はその後、1945年8月15日以降にもういちどブームをむかえ、家庭裁判所とか、家庭科とか、多用されます。戦後復興は家庭の建設から、というかけ声が高かった。
 旧・新の二重構造に共通してあらわれる「家庭」家族が日本型近代家族の中心部分であるわけですが、西洋的な意味での一夫一婦永続婚モデルが力をもったのは、じっさいには約半世紀にすぎません。家族モデルが「家庭」家族であった時期とは、「家庭」家族の容器としての「茶の間のある家」モデルが日本の都市に普及した一九二〇年代から、「リビングのある家」モデルが定着する、あるいは現実がモデルに追いついてしまった1975年のあいだではないでしょうか。したがって日本では、一夫一婦永続婚のモラルを信じた世代はせいぜい2世代だと思われます。1970年代から離婚率が上がるのでジャーナリズムが家庭の崩壊を言い始めるが、離婚率は他の先進諸国と比べてとくに高いわけではありません。明治の始めの近世から繋がっている時代の離婚率は、統計がありませんからわかりませんけど、非常に高かったのではないか。その意味においても近代モデルの定着期間は、家族だけでなく他の分野とおなじく、欧米とくらべれば短期間です。ともかく「いろり端のある家」「茶の間のある家」は家長の管轄下にある男の家でした。
 だが、近代家族とその容器モデルが完成した瞬間におこったことは何か。男性は会社、女性は家庭という性別分業が貫徹すれば当然の結果なわけですが、住まい空間は女の家になります。あげく妻は住まいのなかで閉塞感におそわれ、夫は家庭から疎外されていると感じる。つぎには家族成員それぞれが住まいに滞在する時間が減少しました。夫の残業がふえ、帰宅は遅くなる、子どもは学校だけでなく塾に行く、主婦は住まいのローンと教育費が家計を圧迫するためパート労働市場へ参入する。かつて「家」が空洞化したときには「家庭」という新しいモデルがあった。「家庭」の空洞化がすすむ今、個人と個人の新しい形の協同性が問われているのだとおもいます。


前ページへ  1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  次ページへ  


ライフスタイルとすまいTOP