講演+インタビューシリーズ『ライフスタイルを見る視点』


1.これまでの活動

 私は日本型近代家族と住まいの変遷には、4大特徴があると思っています。第1は、実態よりもモデルが先行したという特徴です。第2には、住まいモデルの2重構造、2重帰属モデルの繰り返しによる微調整が行われたという特徴です。第3の特徴として、日本型近代家族のキーワード=家庭であることをあげます。第4の特徴は、モデルチェンジ伝播の速度と徹底度です。では、それぞれを説明させていただきます。

『借家と持ち家の文学史−「私」の器のものがたり』 西川祐子
『借家と持ち家の文学史−「私」の器のものがたり』(三省堂、1998年)
『近代国家と家族モデル』 西川祐子
『近代国家と家族モデル』(吉川弘文館、2000年)

・特徴1.実態よりモデルが先行
 日本は世界の国家間システムに欧米からは遅れて参入しました。例えば、戦前・戦中の支配的イデオロ−グたちは、日本は世界に例のない家族国家であり、これが日本独自の民族的特質だと主張しました。だが、明治政府がなぜ日本型家族国家を立ち上げなければならなかったか、そのほんとうの理由は先進諸国がすべて家族を基礎単位として国家を形成する家族国家だったからです。例えばフランス革命当時、蜂起する群衆をえがいた絵画のなかには女性の姿がたくさん描かれています。ところが革命数年後には女性は家庭へ帰れ、といわれる。そして、革命政府というか新しい国民国家は、結局は市民と呼ばれる男の家長たちと契約を結んで、その家長集団を国民とみなして発足しました。尊敬すべき市民モデルとは、家族と私有財産を有した男性でありました。ナポレオン民法典は、妻には夫にたいする服従義務を、夫には妻を扶養し保護する義務を課している。男と女はたがいに非対称的存在であるわけです。女性の地位が、革命以前よりも低くなる側面すらあります。フランス革命が1789年なのに、フランスの女性の参政権は第二次大戦の後であって、日本と同じ時期です。ナポレオン民法の中の女性の地位と明治民法の中の女性の地位はどちらも低く抑えられていました。
 それぞれの国民国家は家族を基礎単位として国民統合を行い、まずは家長集団を国民とみなして出発したところまでは共通します。しかし、それぞれ家族モデルは微妙に異なり、そこに各国家の戦略があります。では近代家族の日本型ヴァージョン・モデルは何だったのか。国王と旧体制を倒して国民国家を発足させたフランスの場合は、フラテルニテつまりそれぞれ自分の家族をひきいた男兄弟の結束という共和制的な統合モデルをつくりました。世界システムに遅れて参入し、追いつけ追い越せにはげむ日本政府にとって、日本型ヴァージョンをいかにして作るかは、大きな問題であった。明治政府はモデル形成とモデルチェンジを強引に行い、いわゆる「家」制度をつくりました。それぞれの「家」の先祖崇拝をたばねた頂点に天皇家をおきます。天皇制は万世一系ですから縦軸であって、兄弟関係ではなく上下のある父子関係です。
 明治に作られた「家」制度は近世のどの社会層の「いえ」制度とも大いに違った近代的な要素をも持っていました。例えば、世界市場に遅れて参入する産業が追いつけ追い越せを行うには、安い労力をどこから得るか、という問題が生じる。国内植民地からとってくる他ない。それが娘労働であり、次男三男労働力であった。女工哀史がありますが、当時の女性労働者は、自分の労働力を自分で売るのではなく、父親が親方に娘の労働力を売っていた。戸主に強い権限を与えた近代の「家」制度がこれを可能にした。そのうえ労働者は病気になったら「家」家族にあるいは家長の庇護の下に帰るしかないわけで、社会保障の節約としての「家」制度でもあった。
 家族制度をつくり、戸籍法や教育装置をとおして家族モデルを浸透させた後、新しい住まいモデルが成立するまでには時間がかかります。住まいモデルは、国家の強制だけでは創出も普及も無理なのであって、官民の共同作品として創出されるのではないでしょうか。強制というよりも幸福の約束によって、人々は住まいのモデルチェンジを追いかける。
 私が家族モデルと住まいモデルの研究をはじめたときには、実証的歴史学から、モデルは実態ではないから、モデルの研究は歴史研究ではないという批判をたびたび受けました。私も自分の方法論をもうひとつよく説明できなかったのですが、長年モデルと現実の接触を観察しているうちに、私は、モデルは実態ではないが、現実と接触して現実を変える力をもっている。これこそが日常生活を支配する政治的力というものではないか、と考えるようになりました。モデルに現実が追いつくや、次のモデルチェンジが起こるという側面もたいへん興味深いです。


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