講演+インタビューシリーズ『ライフスタイルを見る視点』


9.まとめ


これは現代の茶室かもしれない

 樹上茶室や空飛ぶ茶室等、最近では日本に限らず世界中で不思議な茶室を設計し実現している建築家・建築史家の藤森照信さんが茶室について話されるのを聞く機会がありました。日本の文化に疎い外国人の多いコンファレンスでの基調講演でした。そういう事情もあって、藤森さんはできるだけわかりやすく、利休と彼の系統の茶室の特徴あるいは本質とも言える事柄を説明されていました。中でも藤森さんが強調していたのは、最小の場合は2畳の広さしかない空間に飾られる軸、花、そして茶席で用いる茶器や道具が、空間と同じように大事だという点でした。

 細川さんが首相だった折に、来日する当時のフランス大統領、シラクさんをもてなすためだけに、藤森さんが設計を頼まれた茶室の話が披露されました。シラクさんが20世紀初頭のフランス美術を好んでおられるということから、細川さんが特に入手したルオーの絵がこの茶室の壁に掛けられたというエピソードを、その時の写真とともに紹介されました。この例が示すように、茶室に置き飾るものは、どういう客人を迎えるかで変えるものであるし、そうでなくても少なくとも季節によって変えるものだというのです。その通りだと思います。

 狭い空間に、例えば利休の場合は秀吉と二人というようにごく少人数で集い、数時間の時を過ごす訳ですが、その際に自ずと話題はその軸や花や茶器や道具類に関することになるということでした。そこで問われるのは二つ。客人の教養と美意識だというのが藤森さんの結論の一つのようでした。

 さて、随分違う話のように思えたかもしれませんが、今回根木さんの本屋に感じたものとすごく近いと思いました。極度に集中した空間での主客の関係と比べるともっとゆったりしたものかもしれませんが、根木さんを茶室の主、そしてここを訪れる本好きの方々を客人とすれば、この小さな本屋という実空間はとても茶室に似ているように感じられるのです。軸や花や茶器や道具の代わりは本です。そして本を話題に大きくない空間で時間を共にするのも茶席のようです。根木さんがお客さんの教養と美意識を見定めているなどというと、お店の敷居が少し高く感じられてしまうかもしれませんが、そこはお互い様。だからこそ面白いのだと思います。ネット空間ではなかなか実現の難しいこの種の人と人、人と空間、人と物の関係。根木さんのやられているようなまちの小さな本屋さんは、ひょっとしたら現代の茶室なのかもしれません。ちょっといいですね。

(松村秀一)



本で空間を使いこなし、場を生み出す人

 根木さんが中心に運営されている「瀬戸内ブッククルーズ」との出会いは,地域の新しい場について研究している私にとって、近年最大の驚きであり収穫だった。本を使ってこのように建築を使いこなす人がいるんだという感動であり、こういう人達が出てきているのなら‥‥という、今後の街に向けての期待と可能性の発見である。

 地方入試監督の際に訪れた岡山大学津島キャンパスのJテラスカフェ。この非常に美しいが普段はかなり寂しい状態のSANAA設計の建築が,根木さん達によって生き生きとした場所に生まれ変わる。独立系の個性的な古書店によるブックフェア。老若男女が思い思いに棚の前に佇み,店主と会話している。従来の古本市とはかなり違う雰囲気である。岡山だけでなく四国や関西からのお店もあり準備や調整は相当たいへんだろうと想像するが見事に運営されている。今年の「イチョウ並木の本まつり」の2日目はあいにく雨だったのだが,急遽の店舗レイアウト変更やビニールシートによる雨対策など対応も柔軟で感心した。

 今回,念願の根木さんのお店を訪問することができた。どこかリゾートのような雰囲気の水辺に開発された住宅地に建つモダンな倉庫のような「451ブックス」は,遠く福山や姫路からわざわざやってくる人がいるのも納得の,ずっと棚をみていたい書店だった(FIGARO japon voyage vol.37 2017年11月13日発売で写真付きで紹介されている)。

 教えていただいた古書店事情はたいへん勉強になった。今はネット販売はそれほど多くなく,カフェのイベントなどの講座で販売するというのも興味深い。瀬戸内ブッククルーズにも見るように現代の古書店はネットワークを持ちフットワークが軽いのだ。そして店舗を訪問するのは30代が多く,ほぼ女性だというのは納得できる気もするがやはり驚きである。

 取材後に車で送っていただいたのだが,途中,岡山市内の建築について丁寧に熱く説明して下さった。初めてお会いした時,僕ら本当に本が好きですからと言われたことを覚えている。本と建築が本当に好きな人が新しい場を創りつつあるのだ。

 なお451ブックスの店名がブラッドベリの「華氏451度」からだと気づいてなかったのは元SFファンとしては痛恨である。

(鈴木毅)



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