写真1:龍野城本丸正面に復興された埋門
3. 龍野伝建地区の建築物と町並み
龍野伝建地区に残る建築物の多くは18世紀中頃から昭和初期に建てられた町家であり、他には地場産業である醤油関連施設、高塀と門構えが特徴の屋敷型住宅、寺社、洋風住宅、土蔵などに分類されます。地理的には、龍野城址南西側の十文字川(どじがわ)扇状地にある武家地ゾーン、南側沖積低地の町家ゾーンに区分できます。
武家地ゾーンには、広い敷地に低層の屋敷型住宅が建てられています。そうした敷地は、自然石をそのままの形で積み上げた「崩れ石積み」や白壁の土塀で囲まれています(写真2)。ゆとりある町並みを維持するため、景観ガイドラインでは、建物の壁面を道路境界線から1m以上後退させる基準が定められています。
町家ゾーンは旧街道沿いに広がり、城下町と宿場町の顔を合わせ持ちます。商家は本瓦葺の切妻屋根、二階部分が低く造られた厨子二階(ずしにかい)の虫籠窓、出格子窓などの伝統的意匠を有しています。町並みの連続性を維持するため、景観ガイドラインでは、屋根は和瓦葺きで平入りとし、勾配を周囲の建物と類似させる基準が定められています(写真3)。
このほか地区内には10件の醤油関連施設があり、赤い煉瓦造の煙突や醤油蔵は町のランドマークとなっています(写真4)。うすくち醤油発祥の地の歴史を伝える「うすくち龍野醤油資料館」は、内部が木造でありながら外観は煉瓦造の洋風建築で、景観形成重要建造物にも指定されています(写真5)。ちなみに、入館料はなんと10円です。
また、地区中心部には、浦川沿いに長い築地塀を持つ如来寺(写真6)や、宮本武蔵が道場を開いた円光寺などの寺院が点在し、落ち着いた印象を醸しています。景観ガイドラインでは、周辺の建築物の外構についても、寺院の緑地と一体的な緑化を求めています。
写真2:旧武家地の白壁の町並み
写真3:軒が揃った旧町人地の町並み。手前はカフェ
写真4:黒い板壁の醤油蔵界隈
写真5:うすくち龍野醤油資料館
写真6:長い築地塀の如来寺
4. 町並みの保存と活用に向けた協働
景観ガイドラインは、「守る景観:龍野らしさを未来に」と「創る景観:龍野の地域力をあげる」を基本方針として、歴史的建造物の保存と活用に向けた様々な取り組みを、地域、市、県の協働によって進めることとしています。
伝建地区選定後の2021年には、地区全体の価値向上を目指す修景ガイドラインが策定されました。伝統的建造物の復原を目的とする修理事業とは違い、伝統的建造物以外の建物について周囲の町並みとの調和を目的とする修景事業には、施主や設計者、施工者に裁量の幅があります。そのため、修景の基準や細則を定めたガイドラインが必要とされたのです。例えば、エアコンの室外機やメーター類などの設備機器は、格子や犬矢来の内側に設置することとされています(前掲写真3:中央の建物の二階部分)。通りに面して駐車場を設ける場合には、町並みの連続性を損なわないように塀や柵を設けることとされています(写真7)。
伝建地区選定からコロナ禍を経て、観光振興にも力を入れているようです。印象的だったのは、観光客が無料で休憩できる施設が点在していることです。そのひとつ、明治後期の町家を再建した「かどめふれあい館」には、龍野の町並みの歴史や伝建地区の概要を解説するパネルが設置されていました(写真8)。1924年に醤油同業組合の事務所として建てられた洋館は観光案内施設(写真9)として、隣接する旧醸造工場はカフェおよびショップ(写真10)として、いずれも国の登録有形文化財でありながら観光客に開かれています。地区の魅力を熟知した「龍野ふれあいガイド」、地区一帯を美術館に見立てた「町ぢゅう美術館」も、協働による観光振興の取り組みと言えるでしょう。
写真7:出格子と虫籠窓の消防団分団施設
写真8:出格子と金属格子のかどめふれあい館
写真9:醤油の郷 大正ロマン館
写真10:クラテラスたつの
4. 町並みの保存と活用に向けた協働
訪問した日は9月にも関わらず猛暑日となり、熱中症にならないよう足早に探訪を終えてしまいました。そのためか、期待していた醤油のスメルスケープ(匂いの心象風景)は体験できませんでした。その代わり、至るところで耳に入ってきたのが童謡「赤とんぼ」のサウンドスケープ。実は、「赤とんぼ」の作詞者である三木露風(1889~1964年)の生家と小学校が龍野伝建地区内にあるのです。赤とんぼの季節に再訪することを誓ってたつの市を後にしました。
◆参考文献
・兵庫県「たつの市龍野地区歴史的景観形成地区景観ガイドライン」、2015年
・たつの市「たつの市龍野伝統的建造物群保存地区修景ガイドライン」、2021年
(文責・写真:樋野公宏)