講演+インタビューシリーズ『ライフスタイルを見る視点』


7. まとめ


思わぬところにビジネスチャンスがあるんですね

 もう10年近く前になるだろうか。東京都が居住者を含むマンション関係者向けに開催したシンポジウムのパネル同士として、初めて荒さんにお会いした。今回の話からすれば、まだHITOTOWAという会社を立ち上げて間もない頃だったようだ。そのシンポジウムでは、荒さんが、自らの目指す仕事を「ネイバーフッド・マネジメント」という言葉で表現していたことがとても印象に残った。「エリア・マネジメント」と比べると対象とする空間の広がりがよりコンパクトで、「コミュニティ・マネジメント」と比べると対象とする空間のイメージがはっきりしている。とても良い言葉の選択だと思った。ただ、「エリア・マネジメント」でも、なかなかそれだけを業務にして成立している企業を思い浮かべることが難しい時代だった。だから、それよりも対象とする空間がコンパクトになった「ネイバーフッド・マネジメント」が新企業の主要業務になり得るのか、他人事ながら少々心配だった。

 しかし、今回改めて、ビジネスの経験もセンスもない私のちょっとした心配など無意味であることを知ることになった。荒さんのHITOTOWAは開業10年を迎え、組織の規模も事業の規模も成長していた。

 かつてのひばりが丘団地でのこれまでの活動の話を伺い、更にその成果としての実空間を見せて頂き、「ネイバ―フッド(隣近所)」という構えが適切だったのだと感じた。典型的なのは荒さん自身とここの関係。荒さんは結婚パーティをここで開き、このまさにご近所にお住まいだ。「エリア」というとどこかよそよそしいが、「ネイバーフッド」には人と人の関係が含意されていて、その隣近所的な人と人の関係が、使われなくなっていた2階建てのテラスハウスの建物に全く新しい空間的な価値を付与したのだ。そこでは関係が関係を生むという、人と人の関係らしい増殖性が良い役割を演じている。「ネイバーフッド・マネジメント」を標榜した時の荒さんが、このことまで織り込み済みだったのだとすると全くの脱帽だ。

 こういうビジネス・センスのある人が、明らかに社会が求めている何某かの機能をソーシャル・ビジネス化する。荒さんのような人がどんどん出てきて活躍する未来がとても楽しみになる取材だった。

(松村秀一)



「団地への招待」その後

 駅で乗ったタクシーに、隣接する公園の名前を言っても通じなかったが、「ひばりテラス」と言ったらすぐにわかった。運転者さんいわく「あそこはゴローが来ましたから」 。ゴローって誰? 稲垣? まさか野口? と思ったら井之頭五郎だった。あらためて「孤独のグルメ」の人気、そして「ひばりテラス118」のカフェ「コンマコーヒー」が井之頭五郎とスタッフの目にかなう、わざわざ行くに値する店であることを認識した(後日、再放送をみたら確かに我々が座ったテーブルで井之頭五郎がパンケーキを食べていた。「孤独のグルメ Season8」第4話)。

 ところで、ひばりヶ丘といえば「団地への招待」(1960)である。公団住宅に入居が決まった若いカップルが、兄夫婦が住むひばりヶ丘団地を訪れ、団地生活の便利さや快適さを知るとともに、集合住宅に住まうための工夫や共同生活のマナーを学ぶ映像である。冒頭ショパンのピアノ協奏曲第1番の重々しい音楽で始まり度肝を抜かれるが、当時公団住宅がいかに輝いていたか、またそこでの住生活がノウハウ映像が必要なほど、従来とは違っていたものであったことがわかる貴重な歴史的資料である。Youtubeで視聴可能なのでぜひご覧いただきたい。
https://www.youtube.com/watch?v=saehM0Fr2tM

 建て替えによって綺麗な高層住宅と戸建住宅になり、「団地への招待」に描かれた典型的な団地の風景の面影はほぼなくなった中、テラスハウスだった住棟がかろうじて残され、今この地域に必要な場や機能を提供し、運営されているのは素晴らしいことである。ひばりテラス118のGoogleマップのクチコミをみると、昭和40年から18年間「118号棟」に住まわれた方が奇跡的に現存していたことに感動して☆5をつけられている。

 訪問前に荒昌史さんが書かれた「ネイバーフッドデザイン」(2022、英治出版)を読んだ。近隣を育て運営するためのプロセスやポイントを、実践者ならではの説得力をもって、わかりやすくまとめられた、この領域の古典になりうる本である。たくさん付箋を貼った中で一つあげるとすると、まちづくりで定番となっている「担い手」という言葉を使いたくないという話である。確かに、地域の担い手探し、担い手作り等は、結局その人だけに任せるニュアンスがでてしまう。なるほど。

 荒さんが率いるHITOTOWAは、ひばりテラスだけでなく、浜甲子園団地の「まちのね浜甲子園」はじめ多くの住宅地・マンションのエリアマネンジメントを担当されている。10数年前、マンションや住宅地のコミュニティ活動の支援を仕事にする会社が登場した時はずいぶん驚いた記憶があるが、居住地のコミュニティのためのビジネスはさらに次の段階に進んだようである。

(鈴木毅)



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