講演+インタビューシリーズ『ライフスタイルを見る視点』


5.新借家生活に向けて
駒井:  実は3年前から自宅の新築を考えています。幅2.5m、長さ60mというものすごい敷地を見つけたんです。しかも前面道路側が水路に面していて橋を一本掛けられるだけです。購入したいと地主さんに相談に行ったら、怪しまれる始末です。なんとか信用してもらって設計案を作って銀行を回ったんですが、配置図を出したとたんに気まずい空気が流れてしまう。

でもある銀行でこのプロジェクトの解釈のヒントをもらいました。住宅と呼ぶと違和感があるが事務所の看板とみなしたらどうかというわけです。考えてみると確かに「借家生活」を水路沿いに展示しているようなものです。銀行はやっかいな相手ですが、建物に対する社会的視点の一つであることを再認識しました。もっとも色々な金融機関に当たりましたが、融資してもらえるところは見付かりませんでした。仕方ないので、土地の購入をあきらめますと報告に行ったところ、プロジェクト内容を気に入ってくれて、地主さんが建設してそれを僕が借りることになりました。
松村:  それから結構時間が経っていますよね。
駒井:  3年間でプランは全く変わっていませんが、設計者の自分とそこで借家生活を送る家族のご主人さんとしての自分が、どう折り合いつければ良いのか分からなかったんです。新築ですが借家であることも事実です。設計者としての僕は、何にでも使いやすいようにごろんと作っておけばいいじゃないかと考える。一方、昔から美術館やギャラリーみたいなところに住みたいと思っていた自分がいます。じゃあ美術館を作っておけばいいやんとなりますが、あまりにも話がうまくでき過ぎている(笑い)。
ずいぶんと逡巡しましたが、どんな場所にでもこれらの家財道具持っていけば家族みんなで住めるやないかという生活スタイルですから、たまたま美術館みたいながらんどうが見付かったというスタンスで住めばいい。家として住みにくい部分がいっぱい出てきたとしても設計者の責任とは違う。やっとこのように割り切って考えられるようになりました。
鈴木:  プランは変わっていないけど、気持ちの位置づけを変えたというのは建築家としてユニークですね。
駒井:  住みやすくすればするほど楽ちんだけど、今まで場所の取り合いをしていた子供たちが、自分の部屋をもらった瞬間に何もできない人になるんじゃないかとか、いらない心配をしたりしました。振り返ってみると、今までの借家生活は施主の立場だけで考えてきました。それはそれで楽しくやってきたわけですが、今回は同時にそういう場を設定する立場も兼ねている。ですから借家契約は15年間ですが、最初の10年間は僕たちが住むけれど残りの5年間は誰か違う人たちが使う、しかも住宅として使うかどうかも分からないというようなことを考えて設計してあります。
鈴木:  今年中には新しい「借家生活」が始められそうと聞いています。
駒井:  この場所のような街なかでなくなるのが少し残念ですが、新しい展開が始まる大きなきっかけになるんじゃないかと楽しみにしています。



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