講演+インタビューシリーズ『ライフスタイルを見る視点』


11.まとめ


以前から不動産屋の価値観に疑問があった。今住んでいる所も,紹介されて訪問したところ全てが納得できずオフィスで担当者と立ち尽くしている時に,見かねた担当者の上司が脇から「こんな所もありますけどねえ」と出してきた物件である。なぜそれを早く出さない。多様化する現代の住まい手の求めているもの(それほど特別な要求をしているつもりはないのだが)に不動産業者は対応できていないのではないか。

東京R不動産は「レトロな味わい」「倉庫っぽい」「改装OK」といった,万人向けではないが,今やそれを切実に欲する人が一定数いることが予想される物件を勝手に集めたサイトで,面白いことをする人たちがいるなあ,でも確かにこういう不動産屋はあってもいいよなあと思っていたら,いつのまにかリアルワールドの業者として動きだしていたのだった。インタビューではまさにこの2年あまりの間に,物件が流通し始め,ノウハウが生まれ,蓄積され,新しい職能・業態が誕生しつつある様子を伺うことができた。間違いなく何かが回りつつある。

馬場さんに案内されて訪問したCETエリアのリノベーション,コンバージョンツアーにはさらに驚かされた。どの事例も興味深かったが,ネットで参加者を募集し,いわばリナックス方式でセルフリノベーションを進めている河田さんのGOLDFARMには唸らされた。タオル会社の社長さんである鳥山さんの泰岳ビルでお話を伺っていると,これらの動きが単なる酔狂な若者の試みではなく確実に地域を変えつつあることを実感できた。

ビルや倉庫など,ある程度大きなヴォリュームの空間を持つコンバージョン向け物件が地域に集積している場合は,単体の建物,あるいは町家・長屋など民家のコンバージョンとは違った可能性があることにも今更ながら気づかされた。松村さん達が蒔いたコンバージョンの種の一つは日本橋で花開きつつある。

(鈴木毅)



「利用の構想力」の時代の胎動
私は今世紀に入ってすぐに、空きオフィスの住宅へのコンバージョンに関する研究を始めましたが、その頃から、ストック時代の住宅や建築の世界は、空間の利用者自身の利用に関する構想力が動かす時代になると考え、講演や論文でも幾度となく「利用の構想力」という言葉を使ってきました。

今回、東京R不動産の馬場さんに案内して頂いた東日本橋・馬喰横山地区では、その「利用の構想力」の実例をいくつも確認することができ、改めて時代の変化に関する確信を深めることができました。もちろん、馬場さんたち東京R不動産や地域からの文化発信事業体CET等の活動も貴重ですが、多くの新しい世代の空間利用者が、古びた空き建物の存在を面白がり、この地域に入り込み、地元の人が思いもよらない形で同時多発的に町空間を利用し始めたことは、とてもわくわくさせられる出来事です。

美術家新野さんや建築家三浦さんの、とにかく都心の近くで安くて広い空間を利用したいという素朴な気持ちから始まったコンバージョン、デザイナーの河田さんの、好きな人が週末に集い、古い建物のDIY改造を楽しみ続けるスポーツ感覚の建設行為等々、決して紋きり型ではなくそれぞれの個性的な構想力が、老朽化した建物や元気のなくなりかけた町に活力を与え始めている様は、爽快なものでした。

空き建物と利用者の出会いにはインターネットが大きな役割を果たしていますが、その結果としてこの地域に集まった人々が、歩いて通い合い、ともに飲みながら自分たちの仕事について語り合い、新しい町活動について話し合っているという、いわばネット空間と町空間の軽々とした連携にも大きな期待がもてると思います。

大変気持ちの良い取材になりました。馬場さん、有難うございます。

(松村秀一)



今回の調査を通して東京らしいダイナミズムをリアルに感じることができた。それは,防衛庁跡に出現した東京ミッドタウンの様な大規模開発を見ても感じられるものであるが,むしろ,東日本橋界隈で起こっている小規模な再開発プロジェクトをいくつも見て,より一層力強く感じられた。それは,人のパワーが肌で感じられたことと,そのパワーが点から線,線から面へと拡がっている様子を,CET07などのプロジェクトを通してダイナミックに感じられたからである。

今回見て回った物件のほとんどが,建築家やアーティストなどクリエイティブな人たちのものであったということにも大きく関係するだろうが,いずれの物件も主(あるじ)と同化していて,空間が人格化していた。おそらくそれは,DIYやセルフリノベーションを通して,自分たちにとって居心地のいい場所に変えていったからであろう。それらの空間はまた,年代物の建物が醸し出す雰囲気と絶妙なハーモニーを保っており,非常に個性的で,どこにもない場所を創造している。

この様な利用者の潜在的な需要にいち早く着目し,不動産ビジネスとして成立させている馬場さんは流石としかいいようがない。これもある種のインターネットビジネスと言えると思うが,これからの都市開発を考える場合,ネットの果たす役割は我々の想像を遙かに超えて重要なインフラになるであろう。メディアの扱いに慣れた馬場さんの次の都市への働きかけに注目したいと思う。

(西田徹)




前ページへ  1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11  


ライフスタイルとすまいTOP