暗い中にほのかに光る漆仕上げの柱,腰板,建具。一心に下地の作業をされる職人さん。そして,埃厳禁のため,その様子を直接見ることはできなかったが,蔵の中で最終仕上げの上塗りをされている職人さんの気配。まさに生き続けてきた建築を体験することができた貴重な取材であった。
塗師屋という職業の元々の姿,輪島塗りを創りだす場と住居が一体化した形は,輪島でももうほとんどないという。大崎さんの御店がこうした形で現在も営まれ,ショールームなど新たな装いも加えて維持され続けていることは,輪島だけではなく,日本という国にとってたいへんな財産である。
大崎さんの話を伺っていると,海外のお話や美術の話題がどんどん出てきて,塗師屋という存在が,職人をオーガナイズして輪島塗りを製造・販売するプロデューサーであり,各地を廻り,情報を媒介する役割をもった教養人でもあることが実感できる。
松村さんのように日本の各地を回っているわけではなく,数少ない訪問経験しかないが,かつて日本の地域は豊かだったのだと感じることがしばしばある。今回大崎さんの御店に伺って確信になった。(今更強調することではないのかもしれないが)経済的にも文化的にも知識的にも日本の地方は間違いなく豊かだったのだ。
ある意味,だからこそ,明治維新という中央集権的な近代化が可能であったわけだが,近代の「どんつき」(©西川祐子先生)を迎えた今,日本の将来像を考える時,かつての豊かさの担い手,輪島における塗師屋のような地域の資産を生かさない手はないだろう。そのためには,震災をきっかけに生まれた萩野紀一郎さんたちのNPO活動のような,外からの視点をもって地方の価値を再発見しサポートする新しい力も重要な役割を果たすに違いない。
(鈴木毅)
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