神戸市中央区の街並みと都市景観形成地域

神戸というと港町であるイメージが強いかとは思いますが、実際に私が神戸のまちの中心部周辺を探索した時には色々と感ずることがありました。まず、神戸には「何でもある」ということ。港や山々といった自然もあれば、住宅街・やオフィス街・繁華街から人工島に至るまでの多様な都市的市街地もあるのに加え、伝統的日本・中華・西洋といった多彩な文化の存在感もあります。また、その一方で神戸には「新しい」雰囲気もあると感じました。忘れてはならないことですが、神戸市は95年の阪神・淡路大震災の主な被災地でもあります。震災から10年以上経った現在、観光者が通常の街並みから震災の痕跡を明確に感じることはもはやできませんが、震災前後に大量の建物更新をせざるを得なかったという歴史をわきまえながら街を眺めることが大切だと感じました。今回、この自然も文化も悲しい災害経験も、全てを持った多様都市神戸の中心部の街並みを見てきました。


(写真1左)海側(ポートアイランド北端)から眺めた神戸市街地
(写真1右)山側(北野天満宮)から眺めた神戸市街地


主に訪れたのは、神戸市都市景観条例における都市景観形成地域に指定された地区(中央区内)です。この都市景観形成地域は、都市景観を形成する上で特に重要な地区として位置づけられており、地区ごとに景観形成方針や景観形成基準を定め、建築物の新・増改築等にあたっては、市が助言・指導を行うこととされています。指定のプロセスには地域住民参加や地元説明の開催なども含まれており、官・民双方からのコンセンサスを得た地区であると言えます。中央区に関しては具体的には、「税関線沿道」、「旧居留地」、「南京町沿道」、「神戸駅・大倉山」、そして「北野町山本通り」といった地区名でそれぞれ指定されています。以下、各地区の様子などをご紹介していきます。


税関線沿道
税関線は、新幹線停車駅である新神戸駅、都市的集積中心の三宮駅、そして神戸港(ポートアイランド)の三者を繋ぐシンボルロードと言えます。特に三宮駅から南側には大規模百貨店や市庁舎などの存在感ある建物群が並びます。歩道も「花と彫刻の道」として整備されており、色とりどりの花壇が明るい雰囲気を醸し出しています。この地区の地域景観形成基準における「意匠(形態・材料・色彩等)」の項目には、「地域の都景観の形成に配慮されたものとすること」とあり、細かな規定があるわけではないのですが、全面ガラス張りが印象的なデパートや、低層部が開放的であるオフィスビルなど、各々の建築物の配慮が感じられました。山々と海と都市を繋ぐシンボルロードの形成は、どこの都市でも可能なことではありません。今後もこの賑わいや景観を大事にしていって欲しいと感じました。


(写真2左)税関通り(三宮駅周辺)
(写真2右)税関通り(神戸市役所周辺)


(写真3左)ガラス張り壁面のオフィスビル等
(写真3右)整備された歩道


旧居留地/南京町沿道
旧居留地は、開港に伴って19世紀後半に設けられた外国人居留地であった地区で、税関線の西側に隣接しています。近代的な都市計画によって形成された経緯もあってか、現在は基盤整備の整ったオフィス街となっています。大正〜昭和初期の時代の近代建築物と現代建築物の混在が、独特の雰囲気を醸し出していました。この地区の地域景観形成基準には、最低建築面積や有効空地確保、壁面線の統一や広告物配置の工夫などといった様々な項目がありますが、特に建築物の用途に関する項目では、「可能な限り、建築物の1階・地階部分での商業施設の配置や、文化的機能の導入に努めること」といったことまで記されています。実際に、1階部分にファッション関係の店舗や落ち着いた雰囲気の飲食店などもあり、休日にも静かな賑わいのあるまちになっています。また、この地区内に巨大なマンションが建設されている例もありました。いわゆる「都心回帰」のような現象がこの場所にも一部起きているのかもしれません。


(写真4)近代建築と現代建築が混在


(写真5)低層部には各種店舗もあり、休日でも静かな賑わい


(写真6)オフィス街の角には巨大なマンションも


旧居留地の西側に行くと南京町の中華街があります。ここでまた雰囲気ががらりと変わります。この南京町地区は、開港に伴って形成された中国系在留民の居住地であり、現在も中華街の賑わいがあります。地域景観形成基準にも、中国風建築物の個性を活かすような工夫や配慮についての項目が記されています。写真のとおり、まさに中華街というべき色彩あふれる街並みの中に、非常に多くの人々が各店頭に並ぶ食べ物を試食したりしていました。


(写真7)休日には多くの人が訪れている


神戸駅・大倉山
神戸駅・大倉山都市景観形成地域には、主に神戸駅周辺とその北部の地域が指定されており、南に隣接する神戸ハーバーランドは指定地域に含まれていません。現在の神戸のまちの中心は三宮駅周辺であるというイメージが強いですが、戦前はこの神戸駅〜大倉山駅一帯が中心地として栄えていたそうです。現在も湊川神社や神戸文化ホール、中央体育館や中央図書館などといった文化施設等が集積しています。この地域では「まちなみとすまい」の視点に立ち返り(?)、文化施設に囲まれた住宅街を見て周ってきました。文化施設に囲まれた住宅地として調和的な景観形成がなされて欲しいとの観点から都市景観形成地域に指定されているのかとは思いますが、地域景観形成基準ではそれほど細かな項目はなく、建築物高さや最低建築面積に関しても、困難な場合は基準を完全に満たさなくともよい旨が記されています。実際に住宅地を歩き回ってみても、洒落た感じの外壁や植栽を施している住宅が幾つか見受けられた以外は、「昔からある住宅地」であるという印象を受けました。ただ今後、地域景観形成基準の存在がこの住宅地の景観・雰囲気をどう変えていくかといったことをきちんと見守っていくと良いだろうとも感じます。


(写真8)裁判所と湊川神社隣接道路


(写真9)洒落た感じの住宅も、昔からあるような住宅も


北野町山本通り
北野町山本通り周辺は、観光で神戸を訪れる人にとっては外せないポイントであるかもしれません。この地区は19世紀末ごろに外国人が移住してきたまちであり、多くの異人館があります。このような洋風建築が数多く存在している地区は伝統的建造物群保存地区に指定されていますが、この地区の都市景観形成地域はそれよりも広い範囲をカバーしています。


(写真10)風見鶏の館(左)とうろこの館(右)


この地区は山の麓に位置しており、幅の狭い歩行用坂道が非常に多いことが特徴的です。また、標高の高い箇所からは神戸のまちなみと海を一望することができ、通常の低層住宅を建てるだけでも眺望価値が得られる場合もあるでしょう。地域景観形成基準においても、「景観形成道路沿い」、「景観形成小径沿い」、「景観形成広場沿い」、「一般地区」といった分類ごとに細かく基準項目が設けられています。この地域に関しても、有名な異人館だけでなく、それらに隣接した通常の住宅などにも注意を向けるようにしてみました。


(写真11)坂道を下から(左)、坂道を上から(右)


例えば異人館に隣接している住宅で、植栽や外壁をお洒落にしているものもありましたし、特に景観形成小径沿いの住宅前面には多くの植栽が施されており、狭く・急な道ながらも独特で自然的な雰囲気を感じました。しかし、当然、この観光地かつ都市景観形成地域に指定されているエリア内にある住宅全てが「完璧な」景観を備えているわけではないと思います。直接的な観光資源である異人館以外の住宅にとって、その立地や市街地形成には景観以外の様々な価値(感)や要素も絡んできたことでしょう。しかし、この地区が他にはない歴史的資産を有していることは間違いなく、景観形成基準を満たせる範囲で満たしながら、今後「異人館以外」のまちなみがどう醸成されていくのかということもまた見てみたいものです。


(写真12)景観形成小径沿道の緑


(写真13左)うろこの館の隣家の概観も立派
(写真13右)小規模ながらも各々の住宅前には植栽が


以上、神戸市の中央区内に指定された都市景観形成地域について印象等を述べてきました。このような行政的な位置づけがなくても、独自の特徴を持ったまちなみや住宅地は他にもあると思います。そのような場所全てに訪れることができなかったのは残念ですが、歴史や経緯、そして行政的な位置づけ等を考えながらまちなみを眺めて歩き回ることで、都市や住宅地を多面的に捉える足がかりにもなると思います。
(文責 金井隆幸)