北海道美瑛町~住民の景観保全活動から生まれた統一感ある美しい街並み~

◆はじめに
 美瑛町は北海道のほぼ中央に位置し、旭川空港から車で約15分の距離にある町です。農業を主要な産業とし、ヨーロッパの農村を思わせる丘陵地帯に広がる美しい景観が人気で、道内有数の観光地となっています。「丘のまち びえい」を象徴する「パッチワークの丘」は、丘陵地帯に広がる多種多様な畑が織りなす風景で、長い歴史の中で受け継がれてきた農業の営みが、結果として多くの人々を惹きつける魅力的な景観を形成しています。

図1:美瑛町の位置(参照:北海道美瑛町「まちの概要」)

 美瑛町の人口は、2025年1月時点で約9,000人です。「青い池」や「四季彩の丘」など、美しい景観を誇る観光資源を有しています。昭和後期から、美瑛町の農村の原風景がCMやポスターのロケ地として起用され、観光地として人気を博すようになりました。写真1の「ケンとメリーの木」もCMロケ地として人気となったスポットの一つです。
 平成29年度(2017年度)には年間168万人だった観光客数は、令和元年度(2019年度)には年間242万人へと急増し、観光地としての人気が高まっています。コロナ禍で一時的に観光客数は減少しましたが、令和5年度(2023年度)には年間239万人と、ほぼコロナ禍以前の水準に戻っています。この観光客数の増加の背景には、外国人観光客の増加が大きく影響しています。2012年にアップル社のPCの壁紙に「青い池」の画像が採用されたことで、SNSを通じて「映えスポット」として広く知られるようになりました。また、同時期に韓国ドラマのロケ地となり、韓国からの観光客も増加しました。

写真1:ケンとメリーの木 テレビCMのロケ地となった影響で観光スポットに

 美瑛町の市街地は、主に美瑛駅と国道沿いのロードサイドを中心に形成されています(図2)。美瑛駅周辺には地元の特産品を扱う店舗や観光案内所があり、観光の拠点としても機能しています。本稿では、特に美瑛駅周辺のまちなみについて紹介しています。観光産業の開発圧力がある中でも、自然との調和を大切にしてきた美瑛町のまちなみの魅力をお伝えします。

図2:美瑛町の市街地図(参照:OpenStreetMap)

◆区画整理事業により形成された欧風の統一感あるまちなみ
 美瑛町のまちなみで最も特徴的といえるのが、本通りの景観です。通りに面した建物の多くは、道路側に緑色の三角屋根を持ち、整然とした統一感があります(写真2)。また、建物の上部には数字が記されており、訪れる人々の目を引きます(写真3, 4, 5)。
 この数字は、店舗の場合は創業年、住宅の場合は入居時期を表しています。建物に表示されている数字は、1950年代から1960年代のものが多いですが、19世紀に創業した店舗も存在しました(写真4)。これらの数字からは、美瑛町が長い年月をかけて形成されてきた歴史を感じ取ることができます。

写真2:本通りの景観 三角屋根のデザインで統一されている

写真3:本通りの商店①

写真4:本通りの商店②

写真5:本通りの商店③

 このような美瑛町独自の景観は、平成元年(1989年)に始まった土地区画整理事業を契機に形成されてきました。昭和後期まで、美瑛町の観光業は市街地から離れた白金温泉を中心に発展していました。しかし、農業景観がテレビCMなどで注目を集めるようになり、観光客数は年々増加していきました。周辺地区の富良野のリゾート開発とともに観光振興が進められる中、移住者や観光客の増加により無秩序な開発が進むことが懸念され、住民を中心に景観保全の動きが活発化しました。土地区画整理事業では、等辺切妻の三角屋根や、美瑛軟石の積極的な活用を推進し、景観の統一が図られました。また、街路樹の整備や電柱の地下化など、環境面でも質の高い景観づくりが進められました。
 平成27年(2015年)には「美瑛の美しい景観を守り育てる条例」が施行され、本通りは「本通景観育成区域」に指定されています(図3)。これらの取り組みは、住民主体で進められてきたものであり、現在ではどこかヨーロッパの街を思わせるような、メルヘンチックな街並みが形成されています。

図3:景観育成区域(参照:北海道美瑛町「美瑛町景観計画2」)

 本通りのほかに、美瑛町のメインストリートといえるのが「丸山通り」です。丸山通りは美瑛駅から十勝岳に向かって伸びる街路で、本通りと同様に景観育成区域に指定されています。本通りのように土地区画整理事業は行われておらず、三角屋根の建物は少ないですが、電線の地下化や景観に配慮した舗装の整備が進められており、天気が良ければ駅から出てすぐに十勝岳の雄大な姿を望むことができます。
 近年建てられた建物でも、本通りと同様のデザインが取り入れられている例が見られます。写真6は、本通りから少し離れた美瑛駅の裏手に位置する住宅で、「2024」の数字が刻まれています。このように、本通りだけでなく、美瑛町全体で統一感のある街並みを形成しようとする姿勢が感じられます。
 もともと、これらの取り組みは観光客の増加に対応し、自然と調和した街並みを整えることを目的として始まりました。しかし、20年以上にわたる継続的な活動の結果、現在ではこの統一感ある景観が観光客を惹きつける要素の一つとなっています。

写真6:駅の裏手に位置する住宅 2024の文字が刻まれる

◆地元の素材・美瑛軟石を生かした建築
 美瑛町のまちなみの統一感を形成する要素として、建物に使われる素材があります。美瑛町や中心市街地の公共施設の外壁には、「美瑛軟石」と呼ばれる白っぽい色の石が使用されています。
 市街地の中心に位置する美瑛駅(写真7)は、昭和27年に美瑛軟石を用いた石造りの建物として建築されました。昭和63年に一部改修され、現在では美瑛町の観光の玄関口として、魅力的な建物となっています。
 写真8は、美瑛駅近くに位置する道の駅「丘のくら」です。この建物は、昭和6年に建てられた農業用倉庫を物産館として改修したもので、施設内ではご当地のお土産や食料品が販売されています。
 写真9は、近年開館した複合施設「丘のまち交流館 bi.yell(ビ・エール)」です。この施設は、美瑛町の中心地にあった古い建物をリノベーションして、地域のための複合商業施設として整備されました。館内にはギャラリーや図書コーナー、子ども用遊びスペース、カフェがあり、町民や観光客が気軽に利用し、交流できる場となっています。
 このほかにも、本通りをはじめとする中心市街地では、美瑛軟石を用いた建物が数多く見られ、美しい景観を形成しています。地元の素材を生かした景観づくりは、美瑛町のまちなみの魅力の一つです。

写真7:美瑛駅

写真8:道の駅「丘のくら」

写真9:丘のまち交流館bi.yell

◆おわりに
 本稿では、美瑛町の中心市街地のまちなみについて紹介してきました。美瑛町では、住民主体の景観形成の取り組みにより、三角屋根をはじめとした建築デザインや、美瑛軟石を用いた建物の利用など、統一感のあるまちなみが形成されています。
 観光都市として成長を続ける美瑛町ですが、現在はオーバーツーリズムの問題に直面しています。美瑛町の観光資源の多くは農業風景などの自然環境であり、私有地への無許可の立ち入りといったマナーの問題や、交通渋滞といった課題が生じています。今後増加が予想される外国人観光客をどのように受け入れていくかは、美瑛町にとって大きな課題です。
 主要産業である農業は、従事者の高齢化などの問題を抱えており、観光産業は今後、町のより重要な産業となる可能性があります。その中で、観光客を受け入れつつ、美瑛町の美しいまちなみをどのように維持していくのか、今後の動向に注目していきたいです。


(文責・写真:宮岸凌也)

参考文献(参照:2025年3月5日)
・美瑛町観光協会:ケンとメリーの木.
https://www.biei-hokkaido.jp/ja/facility/ken-merry-tree
・北海道美瑛町:まちの概要. https://town.biei.hokkaido.jp/administration/about/about/
・北海道美瑛町:令和6年度美瑛町町勢要覧. https://town.biei.hokkaido.jp/files/00000100/00000147/R6%E7%94%BA%E5%8B%A2%E8%A6%81%E8%A6%A7.pdf
・朝日新聞:人口の200倍の日帰り客訪れる美瑛町 あの「青い池」に新税導入へ. https://www.asahi.com/articles/ASSBB0RQVSBBIIPE024M.html
・OpenStreetMap. https://www.openstreetmap.org/copyright
・北海道美瑛町:美瑛の街並み. https://town.biei.hokkaido.jp/administration/about/streetscape.html
・北海道美瑛町:美瑛町景観計画1. https://town.biei.hokkaido.jp/files/00001000/00001027/2019keikankeikaku1.pdf
・北海道美瑛町:美瑛町景観計画2. https://www.town.biei.hokkaido.jp/files/00001000/00001027/keikankeikaku2.pdf
・全国町村会:北海道美瑛町/美しい農業景観を次世代につなぐ. https://www.zck.or.jp/site/forum/20530.html
・北海道美瑛町:美瑛軟石. https://town.biei.hokkaido.jp/administration/about/softstone/
・丘のまちびえい活性化協会:丘のまち交流館 bi.yell(ビ・エール) https://biei-act.jp/biyell/