広島県・御手洗 風待ちの港町の面影を求めて

◆ 御手洗について

御手洗(みたらい)は、瀬戸内海に浮かぶ大崎下島にある港町です。もともとは広島県豊田郡御手洗町でしたが、1956年の合併で豊田郡豊町(ゆたかまち)になり、2005年の合併で呉市の一部となりました。現在でも「豊町」の呼称が残っています。

御手洗という地名の由来については、神功皇后が三韓侵攻の時、この地で手を洗ったという事から呼ばれるようになったという伝説や、菅原道真公が大宰府に左遷されたとき、九州に向う途中でこの地に船を着け、天神山の麓で口をすすぎ手を洗い祈ったという伝承が残っています。現在、この麓に天満神社が祀られ、「菅公御手洗いの井戸」として、深い信仰を集めています。正月の書き初めにこの井戸の若水を使うと、文字が上手になるといわれています。

御手洗は、かつて瀬戸内海を航行する際の風待ち・潮待ちの港町として栄えました。17世紀の中頃形成されて以来およそ300年間、瀬戸内海交通の中継港として、時代時代に応じた発展を示しました。しかし昭和初期頃から船舶の機関の発達に伴い風待ちが不要となると、御手洗はその役割を終えました。陸上・海上交通から隔絶され、発展から取り残された御手洗には結果として歴史的な町並みが残されました。

現在も江戸後期から昭和初期の建物が数多く残ることから、1994年に国の重要伝統的建造物群保存地区として選定されました。広島県下では2014年末現在、竹原地区とここの2ヶ所のみが指定されています。


◆ 御手洗散策

土地が狭いため数度にわたって埋め立てられた御手洗は、大小の商家、茶屋、船宿、住宅、神社、寺院などが混在し、街路が網の目のように巡っています。また大波止、高燈籠、石垣護岸、石橋、雁木など、港町の生活に必要なインフラが当時のまま残っているものもあります。

御手洗のガイドマップにはモデルコースが示されているので、それに沿って歩いて行こうと思います。ちなみに所要時間は1時間半程度です。


潮待ち館  元商店を利用した観光案内所です


常盤町通り 所狭しと家屋が並びます


乙女座 明治維新以降はこのような洋館も建ちました


なごみ亭 当時のまま残る船宿で現在も食事をいただけます


千砂子波止 江戸時代の防波堤です


若胡子屋跡 唯一残る元待合茶屋。現在は内部を見学できます


菅公の井戸 御手洗の地名の由来とも言われる井戸です

さすが重伝建地区とだけあって、歴史的な建築物、そしてその集合たる町並みがよく保存されています。さらに、写真は載せていませんが「松浦時計店」の時計、タバコ屋の「國定ヘ科書取次販賣所」の看板など、建物に限らないレトロなアイテムも残っていたりします。街路に関して言うと、自動車が発明される以前の地割が残されているので、集落内部の道幅は狭いです。しかし案内も整備されているためそれこそ路頭に迷ったりといったこともあまりありません。

・・・このように書くとただの観光地・テーマパークであるかのように思われてしまうかもしれませんが、実際には地元の方々が外を歩いていたり、郵便配達のバイクが走り去って行ったりと、現在でもここに住む人たちの日常を感じることができます。

ちなみに個々のスポットから一つ紹介するとすれば、私は「若胡子屋跡」をお勧めします。訪れた時は閉館時間の直前に入ってしまったので中をくまなく回ることはできなかったのですが、かつて100人もの女郎を抱え繁栄を極めた茶屋の構造がそのまま残っているうえ、江戸時代から第二次大戦後までそれぞれの時代の御手洗の様子を伝える豊富な資料や写真が展示されており、なかなか見応えがあります。


◆ 御手洗とアニメーション作品

2012年4月公開のアニメーション映画「ももへの手紙」は、主にここ御手洗を舞台とした作品です。沖浦啓之監督のルーツが広島県の鞆の浦にあったことから舞台が瀬戸内海に決まったといいます。作中にも御手洗にある歴史的な町並みが随所に登場します。また、2010年より様々なバージョンが製作されているアニメーション作品「たまゆら」も、主な舞台は広島県竹原市となっていますが、主要キャラクターの一人が御手洗出身という設定がなされています。

近年は、実写の映画やドラマにかぎらずアニメでも「聖地巡礼」(=ロケ地巡り)をするファンがいることから、アニメをまちおこしの起爆剤とする地域も見られます。御手洗にも、公開当時のロケ地巡りのための案内がまだ残されていました。


「ももへの手紙」の看板。ポーズをとって写真を撮れます。

◆ まとめ

重伝建地区に指定されて以降、知る人ぞ知る観光地となった御手洗。現在は橋で本州とつながっているとはいえ、アクセスはさほどよくありません。しかし、そのために本州や四国とはまた違った、昔ながらの「まちなみとすまい」が瀬戸内の島々にはまだ息づいています。是非、島の空気を感じに行ってみてください。

(文責:麻生健太)