函館本線「山線」の廃線を機に考える余市の今とこれから

◆はじめに

 北海道余市町は札幌市から西に60kmほど離れた人口約2万人の自治体である。19世紀初めにニシン漁場が拓かれ、ソーラン節発祥の地としても知られているが、余市湾におけるニシンの回遊は1954年を最後に途絶えている[1]。一方、19世紀末に始まるリンゴ、ブドウの栽培は現在も続いており、どちらも道内最多の収穫量を誇る。また1934年に創設された大日本果汁株式会社はリンゴジュースの製造・販売に端を発し、ニッカウヰスキー株式会社と名を変え、現在までウイスキーの醸造を行っている。
 これらの観光資源を擁する余市町には年間100万人以上の観光客が訪れている[2]。こうした状況には、札幌から自動車のみならず、鉄道で小樽を経由してアクセスできる交通条件も寄与していると考えられる。しかしながら、小樽から余市を経て長万部までを結ぶJR函館本線(通称「山線」)に並行して北海道新幹線が開業することから、沿線自治体は山線の廃止に合意した。沿線自治体のうち小樽市、俱知安町、長万部町には新幹線の駅が開業するのに対し、余市町には新幹線の駅は設置されず、余市に鉄道でアクセスすることはできなくなる。本稿では余市の今とこれからについて考える。

◆余市の今


図1:余市町中心部の地図(地理院地図を基に筆者作成)

 余市の今について図1に示した3地点に分けて説明する。

1.余市駅前
 余市駅前交差点(写真1)から北方向に延びる道道228号線は精肉店や金物店などの個人商店や銀行、スーパーマーケットなど生活必需施設の並ぶ商店街であり、余市町の都市計画マスタープランではこの一帯が商業拠点に位置付けられている[4]。筆者が訪れたのは平日の昼間であったが、車通りが多く、町民の生活の中心拠点となっていることが窺えた。余市駅前交差点から西方向に延びる国道229号線の沿道には後述のニッカウヰスキー工場や道の駅が立地し、都市計画マスタープランでは観光交流拠点に位置付けられている。故に余市駅前は住民のにぎわいと観光客のにぎわいの結節点としての意味合いを持つと言える。


写真1:余市駅前交差点から北方面を臨む

2.ニッカウヰスキー工場
 ニッカウヰスキー工場は余市駅から200mほど離れており、徒歩で容易にアクセスできる。工場は現在も稼働しており、見学、試飲ができるツアーに参加することができる。余市町の観光振興計画によれば、余市町を訪れる観光客の約50%がニッカウヰスキー工場を訪れており、中心的な観光施設であることがわかる。またニッカウヰスキー工場を訪れる観光客の過半数は道外からの観光客である。筆者が訪れた際も、海外からの観光客を含め多くの人が参加していた。


写真2:ニッカウヰスキー工場

3.道の駅スペース・アップルよいち
 道の駅スペース・アップルよいちは余市駅から550mほど離れており、ニッカウヰスキー工場同様徒歩で容易にアクセスできる。この道の駅は生産者直売所と余市宇宙記念館からなり、前者ではリンゴやブドウ製品の購入、後者では余市町出身の宇宙飛行士毛利衛氏に関連する展示物の観覧が可能である。筆者が訪れた際は、自動車で立ち寄った多くの観光客でにぎわっていた。


写真3:スペース・アップルよいちの生産者直売所

◆余市のこれから

 ここまで余市町中心部の様子について紹介した。住民の生活拠点は道道228号線沿いをはじめとする商業拠点であると考えられ、山線の廃線後も車中心の生活に大きな変化はないと考えられる。しかしながら高齢化社会の進行が見込まれる状況下においては、公共交通の充実も不可欠であり、余市町の総合計画では路線バスの維持・充実を基本目標として位置づけている[5]。観光の観点では、ニッカウヰスキー工場や道の駅といった観光施設は山線の廃線により、余市駅から徒歩でアクセス可能であるという長所を失うこととなる。もちろん山線の廃線後も自動車でのアクセスは可能である。しかしながらアルコールの試飲を伴うニッカウヰスキー工場への訪問は自動車の運転との相性が悪く、また道外からの観光客にとって冬季の降雪時の運転は困難を伴う。余市町の総合計画では近隣市町村との連携のもと、広域的な観光産業の振興が必要である旨が記載されている。故に余市町の観光資源を今後も活かすためには、観光客がバスなどの公共交通機関で小樽や札幌から余市にアクセスしやすい環境を維持・整備する必要があると考える。
 まちなみ探訪第78回「留萌本線の部分廃線を機に考える留萌の今とこれから」では、住民のにぎわい創出と観光客のにぎわい創出の2つの役割を併せ持つ場の形成をもって、留萌を更に魅力ある街にすることができると提言した。一方前述の通り、現在の余市駅前は既に住民のにぎわいと観光客のにぎわいが重なり合う魅力的な都市空間となっている。この住民にとっても観光客にとっても魅力的な都市空間を今後も維持するためには、山線の廃線後もバスを中心とする公共交通を維持・整備してゆくことが不可欠だと考える。

◆参考サイト(全て2023/08/05閲覧)

[1]余市町:余市町のあゆみ(余市年表),
https://www.town.yoichi.hokkaido.jp/machi/syoukai/history.html
[2]余市町観光振興計画(計画期間:令和5~9年度),
https://www.town.yoichi.hokkaido.jp/kankou/kankou_oshirase/files/kanko-shinko-keikaku2023.pdf
[3]国土地理院:地理院地図,
https://maps.gsi.go.jp/
[4]余市町:余市町都市計画マスタープラン,
https://www.town.yoichi.hokkaido.jp/sangyou/machidukuri/toshikeikaku/master-plan.html
[5]余市町:第4次余市町総合計画,
https://www.town.yoichi.hokkaido.jp/chousei/plan/sougoukeikaku.html
(文責・写真:福島渓太)