宇治:歴史が形づくり、都市が守り続けた景観

はじめに
 宇治市は、京都府南部に位置する人口約17.8万人(2026年2月時点)の都市です[1]。京都市・大阪市の両方に電車で20〜30分程度でアクセスできる立地にあり、京都府内では京都市に次ぐ規模を持っています。市域の多くは木津川・宇治川・桂川が合流する京都盆地の南縁にあたり、周辺を山に囲まれた地形が独特の気候と景観を生み出してきました。

図1: 京都府における宇治市の位置 (出典: 宇治市[2])


 世界遺産・平等院鳳凰堂と、香り高い抹茶スイーツで知られる宇治には、年間約614万人(2024年推計)もの観光客が訪れます[3]。しかし実際に街を歩いてみると、観光地としての顔の奥に、平安時代から現代に至るまで積み重なった「都市の意志」のようなものが、まちなみのあちこちに刻まれていることに気づきます。この記事では、宇治を実際に訪れて感じた魅力をお伝えします。

第1章:宇治の玄関であるJR宇治駅
 京都駅から快速電車で約20分、JR宇治駅に到着します。駅を出て最初に目に入るのが、茶壺の形をした可愛らしいポストです。2001年に宇治市制施行50周年を記念して設置されたもので、ここが「お茶のまち・宇治」であることを自然に印象づけています。

写真1: 茶壺型ポスト


 茶壺ポストから少し歩き、JR宇治駅の外観を眺めると、駅舎の左右対称性や駅舎の上に設けられた反り屋根状のオブジェの存在に気づきます。これは平等院鳳凰堂をモチーフとした外観であり[4]、先ほどの茶壺ポストとあわせて、駅前に立っただけで宇治の文化と歴史の両方を感じ取れるよう工夫されています。

写真2: 平等院鳳凰堂をモチーフとしたJR宇治駅舎

第2章:計画的に景観が整備された宇治橋通り
 駅を出て宇治橋通り商店街を歩きはじめると、まず空の広さが目に入りました。見上げると、電柱が一本もないのです。老舗の茶商(ちゃしょう)の看板、伝統的な町家のファサードが、遮るものなく視界に広がり、一気に歴史空間へと引き込まれていく感覚がありました。

写真3: 宇治橋通りの景観


 この景観は偶然生まれたものではありません。宇治市(2020)[5]によると、同市では「宇治市景観計画」を策定し、景観に配慮すべき地区として重点地区を設け、良好な景観形成を推進してきました。同計画において、宇治橋通りは、JR宇治駅から平等院や宇治上神社といった世界遺産へ向かう観光客の主要な動線となっている状況を鑑み、景観形成道路に指定されました。そして、景観形成の一環として、無電柱化や道路舗装の高質化が行われ、風格あるビスタ景観が形成されています。
 宇治市内ではこのほかにも歴史的景観に配慮した道路整備が進められていますが、宇治橋通りはその象徴的な事例と言えるでしょう。都市計画的な景観形成の積み重ねが宇治の魅力を支えています。

第3章:平等院の景観
 表参道を進んで平等院の門をくぐり、阿字池(あじいけ)のほとりに立ったとき、その光景に思わず足が止まりました。池の水面に映る鳳凰堂の姿。千年前の人々がここで極楽浄土を夢見たという事実が、まざまざと感じられる場所です。筆者が訪れたのは夕方であったため写真はやや暗く写っていますが、鳳凰堂は東向きに建てられており、朝には正面から朝日を受けた明るい姿を見ることができます。

写真4: 阿字池越しに見る鳳凰堂の荘厳な姿


 平等院は、永承7年(1052年)に関白・藤原頼通が、父・道長の別荘「宇治殿」を寺院に改めたことに始まります[6]。末法思想が広まる中、頼通は地上に極楽浄土を再現しようとしました[6]。翌・天喜元年(1053年)に落慶した阿弥陀堂(現・鳳凰堂)には、仏師・定朝による丈六の阿弥陀如来坐像が安置されています[6]。
 しかし、平等院の魅力は建築だけで完結せず、庭園や周辺の自然とあわせてはじめて立ち現れます。阿弥陀堂やそれを取り囲む阿字池(あじいけ)、さらには宇治川や対岸の山々が一体となって形成され、平安貴族たちの希求した極楽浄土の光景が再現されています[7]。

写真5: 鳳凰堂から見える阿字池(あじいけ)



写真6: 北から見た鳳凰堂


 実は、平等院の景観は深刻な危機に直面していました。1996年、鳳凰堂の後方に高層マンションが建設され、歴史的景観の中に現代的な構造物が突如として出現したのです[8]。先述のように、平等院の景観は、周辺の自然と一体となって形成される、いわゆる「借景」(しゃっけい)が用いられており、高層マンションの出現は長い時間をかけて維持されてきた景観構造を大きく損なうものでした。この問題を契機に、宇治市は2002年に「宇治市都市景観条例」を、2003年には「宇治市都市景観形成基本計画」を制定し、一定規模以上の建物については届出の提出を求める大規模建築物等誘導基準を定めました[8]。その後の2006年には、都市計画法に基づく宇治都市計画高度地区を変更し、平等院背景地に15mと20mの高さ規制を設けました[8]。現在の穏やかな景観は、その反省の上に成り立っていると知ると、目の前の風景がより重みを持って見えてきます。

写真7: 鳳凰堂の背後に見える高層マンション

第4章:治水と景観の両立を実現した宇治川塔の島地区河川整備事業
 平等院を後にし、宇治川のほとりを歩くと、川の中洲に「塔の島」「橘島」が連なる穏やかな光景が広がります。川面を渡る風を感じながら歩みを進めると、ふと、網が張られた趣のある建物が目に留まりました。宇治の夏の伝統行事である「鵜飼」を支える鵜たちが飼育されている鵜小屋です。静かに羽を休める鵜の姿はこの地の日常に溶け込み、古くからの文化を今に伝えています。

写真8: 塔の島で飼われた鵜


 一見、観光地として完成された美しさを保っているこの川辺ですが、かつて深刻な治水課題を抱えていたとは、その場に立っているだけでは想像もつきませんでした。
 国土交通省近畿地方整備局淀川河川事務所(2019)[9]によると、1972年、台風20号が宇治川にもたらした甚大な洪水被害を契機に、塔の島地区の計画高水流量を毎秒900㎥から毎秒1500㎥に引き上げる大規模な河川改修計画が策定されました。
 しかし、同資料はこの事業は一般的な河川工事とは根本的に異なっていた点も指摘しています。事業区域が世界遺産の緩衝地帯に隣接し、国の重要文化的景観に選定された区域内にあったからです。治水能力の向上と歴史的景観の保全という、二つの相反する命題を両立させなければなりませんでした。
 事業の推進プロセスについても同資料に詳述されており、事業の推進にあたっては、学識経験者や地元観光業者、宇治市、京都府が参加する協議会が設置されました。観光シーズンを避けた工期設定、工事中の遊船エリア、景観に溶け込む護岸デザインの採用など、通常の河川工事には見られないきめ細かな対応が行われたといいます。
 河道掘削や堤防整備は宇治川の自然な河岸景観を損なわないよう慎重に進められ、2018年度に事業は概成しました。整備された川辺をあらためて歩いてみると、治水インフラの存在を意識させることなく、景観の中に静かに溶け込んでいることがよくわかります。この取り組みは治水と景観の一体的整備を行ったモデルとして2022年度にグッドデザイン賞を受賞しており[10]、全国の歴史都市が抱える課題への一つの答えを示しています。

写真9: 河川改修事業後の宇治川



写真10: グッドデザイン賞の記念碑

第5章:「UDC宇治」が描くまちの未来像
 美しい景観を誇る宇治ですが、路地を歩いていると、閉まったままのシャッターや人影のない空き地も目につきます。データを見ると、その懸念は数字にも表れています。宇治市の人口は2010年の約19万人をピークに減少局面にあり[11]、2020年の国勢調査では高齢化率が約30.0%に達しました[12]。観光客数は増加する一方で、定住人口が減れば、街はやがて「テーマパーク化」し、生活の匂いが消えてしまいます。こうした課題に立ち向かうために立ち上げられたのが「アーバンデザインセンター宇治(UDCU)」です[13]。
 そもそもアーバンデザインセンター(UDC)とは、「公」(自治体)・「民」(企業・住民)・「学」(大学・研究機関)の三者が連携し、まちづくりの調査・研究・実践を一体的に推進するプラットフォームです[14]。千葉県の柏の葉をはじめ全国各地に展開されており、従来の行政主導型の都市計画とは異なる、市民参画型のアーバンデザインを実現する仕組みとして注目されています[14]。
 UDC宇治の活動拠点「中宇治BASE」を訪ねてみました。平安時代から残る街路沿いに立つ、築70年の旧酒店をリノベーションした建物です[15]。古い建材の質感を活かしながら丁寧に手を入れられたその空間に足を踏み入れると、まちへの愛着と時間の積み重なりが伝わってきました。

写真11: 中宇治BASEの外観



写真12: 中宇治BASEの内装


 ここでは、建築やまちのデザインを専攻する教員・学生、行政職員、地元事業者、そして住民が一丸となり、中宇治の未来を描いています[14]。まちづくりビジョンの策定・更新、空き家・空き地の利活用相談、コワーキングスペースやシェアキッチンの運営、ワークショップの開催など、活動は多岐にわたります[15]。
 大手デベロッパーによる大規模再開発ではなく、空き家や空き地などの既存ストックを活用し、この地に根ざす人々が自らの手で未来を編み出していく、そんなボトムアップのまちづくりの確かな手応えを、私はこの中宇治BASEで感じました。

おわりに:都市の記憶を未来へ紡ぐ
 宇治を一通り歩き終えて感じるのは、この街が単に「古いものを守っている」だけではないということです。駅舎のデザイン、電線の地中化、塔の島地区の河川整備……。これらはすべて、その時代ごとの都市計画家や建築家、そして住民たちが「宇治とは何か」を問い続け、その答えを模索してきた結果であることが、街を歩くことで実感できました。
 次に宇治を訪れる際は、ぜひ名所旧跡だけでなく、足元の舗装、建物の高さ、そして電線のない空を見上げてみてください。そこには、ガイドブックには載らない「都市の物語」が記されているはずです。

(文責:山口 颯斗)
(写真:山口颯斗・大草裕樹)

◆参考文献
[2] 宇治市(2019), 宇治市の地勢 https://www.city.uji.kyoto.jp/site/kosodate/7509.html
[3] 宇治市(2024), 宇治市の観光客数について https://www.city.uji.kyoto.jp/soshiki/24/85921.html
[4] JR奈良線ガイド(n. d. ), JR奈良線JR宇治駅(うじえき)歴史年表 https://narasen.mi-ktt.ne.jp/station_history/uji/
[5] 宇治市(2020), 宇治市景観計画 https://www.city.uji.kyoto.jp/soshiki/47/3536.html
[6] 平等院(n. d. ), 古今平等院 https://www.byodoin.or.jp/learn/history/
[7] 平等院(n. d.), 平等院庭園 https://www.byodoin.or.jp/learn/garden/
[8] 宇治市(n. d. ), 宇治市景観計画の改訂にあたって https://www.city.uji.kyoto.jp/uploaded/life/81351_199478_misc.pdf
[9] 国土交通省近畿地方整備局淀川河川事務所(2019), 宇治川塔の島地区改修事業の歩み https://www.kkr.mlit.go.jp/yodogawa/activity/comit/tou_kentou/bd083b0000002g3f-att/tonoshimaayumi.pdf
[10] グッドデザイン賞(2022), 宇治川塔の島地区河川改修事業 https://www.g-mark.org/
[11] 宇治市(2022), 宇治市都市計画マスタープラン https://www.city.uji.kyoto.jp/soshiki/73/51897.html
[12] 総務省統計局(2020), 令和2年度国勢調査
[13] UDC Initiative(n. d.), UDCU アーバンデザインセンター宇治 https://udc-initiative.com/udc/udcu/
[14] UDC Initiative(n. d.), UDCとは https://udc-initiative.com/about/
[15] アーバンデザインセンター宇治(n. d.), 中宇治BASE https://udcuji.net/nakauji-base