メルボルンの多様性と都市の魅力 ―トラム、ストリートアート、食文化が織りなすまちなみ

◆はじめに
 メルボルンは、オーストラリア有数の国際都市として、多様な文化が共存する魅力的な街です。中心業務地区(CBD)では、公共交通機関や歩行者に優しい都市として設計され、誰もが快適に移動できる環境が整っています。特に無料で利用できるフリートラムゾーンは、観光客や市民にとって利便性の高い交通手段となっています。
 また、メルボルンは独自の都市文化を育んできました。ストリートアートが街の景観の一部となり、芸術が身近に感じられる環境が整っています。さらに、多文化都市としての歴史を反映し、チャイナタウンをはじめとするアジア系の文化が街の食文化や生活に深く根付いています。
 前回は、メルボルンの新旧建築物が混在しているまちなみを紹介しました。本稿では、メルボルンのウォーカブルな都市環境、ストリートアート文化、多文化の融合について紹介し、この街の魅力を探ります。

◆中心業務地区を走るフリートラムによるウォーカブルな街並み
 メルボルンのCBDは、トラム(路面電車)のネットワークによって効率的に結ばれており、徒歩や公共交通機関で移動しやすいウォーカブルな都市として広く認識されています。特に特徴的なのは、無料で利用できる「フリートラムゾーン」の存在です。このゾーン内では、トラムを無料で利用でき、観光客にとって非常に便利な交通手段となっています。図1はフリートラムゾーンの範囲を示しています。ほとんどの高層オフィスや主要観光地は、このゾーン内またはその周辺に集まっています。
 メルボルンのトラムの歴史は非常に古く、19世紀中頃の馬車トラムにさかのぼります。20世紀に入ると、電動化や鉄道の出現といった変化を経ても、トラムは都市の重要な交通手段として残り続けました。転機となったのは1990年代以降で、民営化に伴い低床化などのシステム改良が行われ、これにより利用者数は増加しました。さらに、2015年にはフリートラムゾーンが導入され、住民や観光客にとって一層魅力的な移動手段となっています。
 また、トラムの路線はメルボルン市全体に広がっています。フリートラムゾーン内外を行き来する際は料金が発生しますが、通勤や通学のためにも広く利用されています。このように、トラムは単なる移動手段を超え、メルボルンの街のアイデンティティの一部となっていると言えるでしょう。

図1 フリートラムゾーン(参照:Public Transport Victoria)

写真1 市内を走るトラムの様子

写真2 トラムの停車駅 ステップがなく、車道と分離されている

◆特徴的な道、ストリートアートの文化
 メルボルンのCBDは、トラムが走る大通り(ストリート)と、それに並行して走る小道(レーンウェイ)によって構成されています。大通り沿いには、大規模で個性的な建物が並び、一定のセットバックを保ちながら都市景観を形成しています。一方、小道沿いでは、小規模な建物が密集し、それぞれの通りごとに異なる個性的な景観が広がっています。
 そのなかでも最も特徴的な小道の一つがホージャーレーン(写真3, 4)です。この通りは、一ブロックにわたって壁一面がストリートアートで埋め尽くされ、メルボルンのアート文化を象徴する存在となっています。平日でも多くの観光客が訪れ、壁画を背景に写真を撮る姿が見られました。描かれている絵は個性豊かで、日本のアニメをモチーフにした作品もありました。

写真3 ホージャーレーンのストリートアート

写真4 ホージャーレーンのストリートアート 日本のアニメを題材としたものも

 メルボルンでは、1980年代にニューヨークから上陸したグラフィティ文化が、2010年代には市の景観と文化の重要な要素として認識されるようになりました。そして、メルボルン市は、合法なストリートアートと非合法なグラフィティを区別するために「グラフィティ管理方針」を策定し、非合法なグラフィティに対する対処方針を明示する一方で、合法的なストリートアートのための手続きを定め、不動産所有者の許可とメルボルン市のアドバイスの下でストリートアート活動を行うことができるように整備しました。さらに、ホージャーレーンは、これらの手続きを経ずに自由に描ける場所として行政や不動産所有者に認識され、多くのアートであふれる魅力的なスポットとなっています。
 他にも、車両通行が排除された小道沿いでは、店舗がテーブルを道上に広げる光景も多く見られ、平日の夕方にはすでに多くの人々でにぎわっていました(写真5, 6)。

写真5 ハードウェアレーン 車が排除され、ストリートが賑わう

写真6 ハードウェアレーンの様子

 また、訪問時期が11月下旬だったこともあり、クリスマス用の装飾も多く見られました(写真7)。多くの高層ビルに囲まれながらも、こうした人間スケールの空間が存在することが、メルボルンの過ごしやすさを支えているのでしょう。

写真7 街中のクリスマス装飾 他にも各所で見られた

◆チャイナタウンをはじめとした多文化との融合
 メルボルンは多文化都市として広く知られ、特に中華系を中心としたアジア系の文化が街の至るところで感じられます。その背景には、19世紀半ばのゴールドラッシュが大きく関係しています。1850年代、ヴィクトリア州で金が発見されると、一攫千金を求めて世界中から移民が流入し、中国からも多くの人々がメルボルンに渡りました。彼らの多くはゴールドラッシュの終息後も定住し、商業や飲食業を中心にコミュニティを形成していきました。
 その象徴的な存在がメルボルンのチャイナタウンです。1850年代に誕生したこのエリアは、世界最古級のチャイナタウンの一つとされており、現在も活気に満ちた街並みが広がっています。また、近年では中国だけでなく、他の東アジア地域や東南アジア地域出身の移民も増え、多様なアジア文化が融合したエリアとなっています。
 また、チャイナタウン以外にも、市内の至るところでアジア料理のレストランを見かけることができます。台湾料理、日本食、韓国料理、タイ料理、ベトナム料理など、その種類は非常に豊富です。
 このように、メルボルンでは歴史的な背景と現在の国際化が融合し、アジア系文化が色濃く根付いています。その多様性は、街の風景や食文化に限らず、メルボルンのアイデンティティの一部となっており、世界でも類を見ないほど活気ある多文化都市を形成しています。

写真8 チャイナタウン

◆おわりに
 メルボルンは、ウォーカブルな都市設計、芸術を取り入れた街並み、そして多様な文化が共存する環境を通じて、活気ある都市空間を形成しています。特にフリートラムゾーンの導入は、市民や観光客の移動をスムーズにし、より快適な都市体験を提供しています。また、ストリートアートや多国籍な食文化は、メルボルンの個性を際立たせ、訪れる人々に強い印象を与えます。
 この街を歩くと、文化の交流地点としての魅力を肌で感じることができます。歴史と現代が調和し、都市のアイデンティティとして根付いたこれらの要素は、メルボルンを唯一無二の都市へと昇華させています。


(文責・写真:衣笠匠斗・宮岸凌也)

◆参考文献(2025年2月20日参照)

· Public Transport Victoria: Maps
https://www.ptv.vic.gov.au/more/maps/#networkmaps
· Railways and Tramways of Australia
https://www.railtram.com.au/melbourne-tramway-history
· REISM: 「落書き」なんていわせない、街に溢れるストリート・アート
https://rent.re-ism.co.jp/mag/worldliving/melbourne2/
· City of Melbourne: Graffiti Management Policy
https://www.melbourne.vic.gov.au/graffiti-management-policy
· City of Melbourne: Street art
https://www.melbourne.vic.gov.au/street-art
· Timeout: A short history of Melbourne street art
https://www.timeout.com/melbourne/art/a-short-history-of-melbourne-street-art