ロサンゼルス スタジアム建設による周辺環境への影響と、まちなみの様相

はじめに
 ロサンゼルスは、アメリカで2番目に人口が多い都市であり、映画、音楽、スポーツなどのエンターテインメント産業が都市の経済を牽引しています。その中でも、スポーツは都市文化の重要な一要素であり、スタジアム建設は都市の発展と密接に関わっています。本レポートでは、ロサンゼルスにおけるスタジアム建設の影響、特にSoFiスタジアムとエンゼルスタジアムを中心とした都市構造の変化に着目し、スポーツと街の関係について歴史的背景も交えて考察します。

1. SoFiスタジアム:経済効果と交通インフラの課題
1.1 SoFiスタジアムの建設と経済効果
SoFiスタジアムは、2020年に完成したロサンゼルス・ラムズとロサンゼルス・チャージャーズの本拠地であり、世界でも最大級のスタジアムとして知られています。
総工費50億ドル(約7,000億円)をかけて建設され、収容人数は70,240人で、将来的には拡張により100,000人を超える予定です。 スタジアムは、単独の施設ではなく、周辺にショッピングモール、ホテル、競技施設などを併設した「都市型スポーツ複合施設」として機能しています。特に、スポーツイベントやコンサート、スーパーボウル、ワールドカップ開催の候補地としても利用されることで、地域経済への大きな影響が期待されています。

1.2 交通インフラの課題
SoFiスタジアムは、ロサンゼルス国際空港(LAX)から車で約15分の距離にありますが、公共交通機関が未発達であり、アクセス面で課題を抱えています。そういった中で、uberなどのライドシェアの仕組みも発達しており、車社会が生み出したまちなみが展開しています。しかし、車だけではなく、都市の中心部では歩行者専用道路などを展開することで、街のウォーカビリティを向上させている様相も見受けられます。
また、スタジアム周辺は、イベント終了後の渋滞が深刻な問題となっています。車での移動が中心となるため、駐車場や周辺道路が混雑し、スタジアムからの退出に時間がかかる状況です。さらに、公共交通は整備不足で、地下鉄(メトロ・グリーンライン)から徒歩圏内ではないです。そのため、シャトルバスの利用が必要でアクセス、不便さが課題となっています。この問題を解決するために、今後は自転車レーンの電動スクーターの導入など、持続可能な移動手段の確保が検討されていますが、整備には時間がかかっています。
SoFiスタジアムは、経済的なインパクトは非常に大きいものの、都市の交通計画との整合性が十分に取れていない点が課題とされています。

写真:SoFiスタジアム

2. エンゼルスタジアム:観光拠点としての機能
ロサンゼルス都市圏のもう一つの主要スタジアムであるエンゼルスタジアム(アナハイム)は、ロサンゼルス・エンゼルスの本拠地であり、観光地としての集客力を持つ施設となっています。

2.1 車社会とスタジアムの関係
エンゼルスタジアムは、日本のスタジアムとは異なり、基本的に車での観客が前提となっています。駐車場は十分に整備されているものの、試合後には周辺道路で渋滞が発生することが課題となっています。また、同スタジアムの特徴として、周辺にディズニーランドが位置しており、観光とスポーツが連携する都市設計が行われています。これにより、観光スポットとしての集客も高く、多くの観客を惹きつけています。このように、エンゼルスタジアムは、観光とスポーツの結びつきを強化する都市設計の一例となっています。大規模観光拠点が集約するエリアにおいて、人々の暮らしを脅かさない形ので開発やコミュニケーションが求められると実感しました。これほどの施設の建設は、周囲の生活にも大きく影響を与えています。

写真:エンゼルスタジアム

3. スポーツと都市構造の関係
3.1 イングルウッド地区の変貌
イングルウッド地区は、SoFiスタジアムの建設により、大規模な都市開発が進んでいるエリアのひとつです。かつては比較的低い結果層が多いエリアでしたが、スタジアムの建設を記念して商業施設や高級住宅の開発が進み、都市再開発の波が押し寄せています。しかし、この変化に伴い地価が上昇し、元々の住民が移転をされる問題も発生しています。
スタジアムに加えて次々とホテルや飲食店、ショッピング施設が併設され、新たな経済拠点としての成長が期待されています。SoFiスタジアムは、単なるスポーツ施設ではなく、都市のランドマークとして、イングルウッド地区の再生を推進する役割を果たしています。

3.2 沿岸部のスポーツ文化
ロサンゼルスでは、都市の随所にスポーツを取り入れた都市計画がなされています。ベニスビーチのスケートパークは世界的に有名なスケートボードの聖地として、多くのスケーターたちに親しまれています。また、サンタモニカでは自転車レンタルが普及しており、海岸線沿いを気軽にサイクリングすることができます。さらに、フィットネス文化も発展していて、トレーニング設備が充実しているため、市民や観光客が自由に利用しながら健康的なライフスタイルを実現しています。
ロサンゼルスは、スポーツを都市の重要な要素とし、生活の一部として浸透させる試みが進んでいます。

写真:サンタモニカ付近のスポーツ施設

3.3 スポーツ文化との関係
ロサンゼルスのまちなみは、スポーツ文化と密接に関係しています。プロスポーツの本拠地周辺は試合の日に賑わい、ストリートスポーツが盛んなエリアではアートと融合した独特の景観が広がります。また、フィットネス意識の高い人々が多いエリアでは、健康的なライフスタイルに合わせた街の発展が見られます。さらに、住民たちは自分の好きなスポーツチームのユニフォームを着て街を歩く姿などを頻繁に目にする機会があり、スポーツ文化が地域に根付いていました。

4. 歴史的背景:スポーツとロサンゼルス
ロサンゼルスは、歴史的にスポーツと深い関係を持ち、オリンピックやプロスポーツチームの誕生が都市の発展とリンクしてきました。

4.1 1984年ロサンゼルスオリンピック
オリンピックは、商業化されたオリンピックの先駆けとして成功を収め、大規模なスポーツイベントが都市経済に与える影響を示しました。また、大会を契機に高速道路や公共交通機関が進められ、都市基盤の整備が図られました。 しかし、現在も渋滞問題は解決されず、交通環境の課題は残されています。

4.2 プロスポーツの影響
ロサンゼルスはNBAのレイカーズとクリッパーズ、MLBのドジャースとエンゼルス、NFLのラムズとチャージャーズなど、主要なスポーツリーグのチームが集まるスポーツの一大拠点です。
また、スタジアムの建設は都市開発の中心となり、周辺エリアの活性化を推進しました。これにより、新たなビジネスや観光の流れが生まれ、スポーツを基盤とした経済成長が起こりました。

考察
ロサンゼルスのスタジアム建設は、経済的恩恵や都市ブランドの向上といった表面的な効果だけでなく、長期的な社会構造や地域コミュニティの変容、さらには環境・文化面における影響をもたらしています。本考察では、ロサンゼルスの都市開発に関する特徴から、持続可能な都市発展を実現するための方法を考察します。

1. 経済効果の短期・長期的視点
経済的特徴として、スタジアムの建設は、地域経済に多大な影響を及ぼすことが知られています。特に、SoFiスタジアムの建設費は当初の予算を大幅に上回り、最終的には約50億ドルに達しました。このような大規模プロジェクトにおける予算超過は、過去のオリンピック開催都市でも類似の傾向が見られ、膨大なコストがかかることや、予算を超過することなどの課題があります。これらの事例から、メガプロジェクトにおける予算管理の難しさと、経済的リスクの大きさが浮き彫りとなっています。これに加え、短期的な雇用創出と比べ、長期的な視点では、施設維持コストや公共投資の回収、さらに税収の再配分が地域社会全体にどのように還元されるかという問題が浮上します。経済効果を定量化するためには、イベント時の直接効果だけでなく、周辺産業の発展や地域ブランドの強化が中長期的にどのように波及するかを追跡する必要があると考えられます。

2. 交通インフラとモビリティの整備
スタジアム建設に伴う交通インフラの整備は、都市計画との調和が重要です。SoFiスタジアムの場合、公共交通機関の未整備により、イベント時の交通渋滞が発生しています。これを踏まえ、今後の都市開発においては、単に車両輸送量を増やすのではなく、スマートシティ技術を活用したリアルタイムの交通管理システムや、多様なモビリティ(電動バイク、カーシェアリング、モビリティ・アズ・ア・サービス(MaaS)など)の統合が求められると考えられます。サンタモニカでは、自転車レンタルサービスを利用することが、気軽な移動と付近のスポーツ施設の利用に繋がっていることを実感しました。東京でも近年軽車両レンタルサービスが普及してきており、新たなモビリティサービスによる地域の魅力の再発見の可能性を感じます。さらに、地域住民と訪問者の双方にとって持続可能かつ利便性の高い交通ネットワークの構築は、都市の競争力向上に直結するため、行政、民間企業、学術界が連携して取り組むべき課題です。

3. 地域コミュニティへの貢献
スポーツは単なる経済活動の一要素ではなく、市民の健康、地域の絆、さらに文化的アイデンティティの形成に寄与する可能性を持っています。ロサンゼルスでは、ベニスビーチのスケートパークやサンタモニカのサイクリング文化のように、スポーツと日常生活が融合する事例が存在します。これらは、スタジアム建設がもたらす一時的な経済効果にとどまらず、長期的な都市文化の発展や持続可能なコミュニティ形成の一翼を担うものと捉えることができます。行政は、スポーツイベントの開催を契機に、地域住民が参加する文化イベントや健康増進プログラムを積極的に支援することで、都市全体の活性化を図ることができると考えられます。一方、スタジアム建設に伴うジェントリフィケーションは、地域コミュニティのアイデンティティや住民間の連帯感を変容させる要因となっています。特に、地価の急上昇による低所得層の居住喪失は、社会的不平等を拡大させるリスクがあります。この問題に対処するためには、都市計画において地域住民が積極的に関与できる意思決定プロセスや、低所得者向けの住宅支援、さらには地域固有の文化や歴史を守るための施策が不可欠です。これにより、経済発展の福利を広く地域社会に分配する仕組みが求められると考えられます。

おわりに
ロサンゼルスにおけるスタジアム建設は、都市開発、観光、経済発展の起爆剤として機能しています。特にSoFiスタジアムは、新たなスポーツ複合施設のモデルケースとなり、都市のランドマークとしての役割を果たしています。一方で、交通インフラの脆弱性、ジェントリフィケーションによる社会的不平等といった多様な影響を及ぼしています。今後の都市計画においては、経済成長だけでなく、社会的公平性、交通計画、文化の発展という多面的な視点からの政策設計が不可欠です。今後、各ステークホルダーが連携して、先進技術や地域住民の声を取り入れつつ、短期的利益と長期的社会価値のバランスの取れた発展が求められます。大規模施設は、まちなみに大きな影響を与え生活をも変えうる力を持っています。ポジティブな要因としては、人々が街に対して愛着を持てるようなスポーツ文化が根付く一方で、ネガティブな要因としては、交通インフラの未整備による日常生活の不便さの拡大があります。今後、開発の際により、精度の高い周辺環境に対する影響も考慮していくための仕組みづくりが必要だと考えます。


文責:藤本秦平

参考文献
1. 堀込 孝二, アメリカにおけるスポーツビジネスの現状と課題 ―ロサンゼルス プロスポーツスタジアムの現実から見えたもの―, 2019 (URL: https://oiu.repo.nii.ac.jp/records/1041)
2. 朝日新聞, 「世界一高額」なスタジアムとは? 訪ねて気づいた資金力以外の強み, 2024 (URL: https://www.asahi.com/articles/ASS6L20GGS6LUTQP01GM.html)
3. 文部科学省, スタジアム・アリーナ米国事例調査 SoFi Stadium, 2022 (URL:https://www.mext.go.jp/sports/content/20220812-spt_sposeisy-000024343_5.pdf)