講演+インタビューシリーズ『ライフスタイルを見る視点』



・子供に安心・安全・安定を与える空間とは
 日本には養護施設が約550ありますが、子供達を養護する職員達の意識が原因で、優れた施設がほとんどない現状です。
問題点としては、施設は家族のサブシステムだという考え方が根強く残っていることです。ほとんどの職員が、自分達は家族よりでしゃばってはいけないという意識を持っているのです。また、子供達を税金で育ててやっているという、いわば施しの感覚を持っている職員も多いといえます。それから、施設の秩序が中心で、そこで生活する子供が中心になっていないと言えます。こうした理由から、子供達が非常に辛い思いをしている現状です。
そんな中で、自分達がどうやって子供達と関わっていったらよいか積極的に考えている施設も少数ながら存在します。
養護施設の子供達は、自ら進んで施設にやってくるわけではなく、児童相談所を通して「措置」されてやってきます。それは、幸せな家庭生活を送れなかったことを意味しています。典型的な例では、母親が面倒をみれなくなったために、育児放棄されて乳児院に送られ、2歳を過ぎると養護施設に送られるというものです。
そういう子供達は、対人関係の基礎がまったく築かれていないので、施設ではまずその組み立て直しから始められます。本当に優れた養育者達は、措置されてきた子供達を「退行」させることから始めます。退行とは、赤ちゃん返りとか実際の年齢よりもはるかに甘える現象を指しますが、その状態を意図的に作り出すのです。
小さい子供の場合は、一人の子供に対して必ず一人の職員がつきます。変わる変わる別な職員に育てられると、人の顔色を見て立ち振る舞うずるがしこい子供になってしまうので、必ずある期間だけ特定の人が世話することが養育の非常に大きなポイントになっています。普通の家族では、お母さんがその役割を担うわけですが、捨てられた子供はお母さんに甘えることが出来なかったので、いわばお母さんの代わりとしていっしょに風呂に入ったり、添い寝をしたり、場合によってはおしめをしてあげたり、出産ごっこをしたりして退行させるのです。
そのような退行を意図的に行うことによって、対人関係の再構築を行いますが、基本的に退行を行わせるためには、安心して退行できる相手がそばにいることが不可欠です。単にそばに相手がいるだけでなく、その相手が退行を受け入れてくれなければ、退行は起こりません。
退行の一つの例に過食があります。多くの子供たちは、施設に入所してすぐに過食を始めますが、その過食という退行表出を無理に止めさせずに、やさしく見守っていると3ヶ月で収まるのです。それが分かっていない人は、無理に止めさせてしまい、せっかく始まった退行表出が押さえ込まれてしまうために、そこを自らの居場所として獲得するチャンスを失ってしまいます。
過食が収まるということは、その子にとって、その空間が自分の居場所であるということを物語っています。つまり、そこで安心して安全に安定的に自分がふるまうことができるということが分かった時、過食が止まるのです。過食というのは不安の表現でもありますから、この場所は不安じゃないとその子が了解できた時に、過食は止まっていきます。
対人関係の基礎を作ることができれば、その子はさらに一歩踏み込んだ社会関係に入っていくことが出来ます。例えば幼稚園や学校に通うことが出来るのです。
対人関係の再構築という観点では、小学校に入学した子供の方が、それ以前の子供よりはるかに困難を極めます。なぜなら、小学校に入る前ならば、24時間大人のそばで、安心して安全に安定的に過ごすことが可能なので、対人関係の再構築が短期間に行われますが、学校に入ってしまうと、通学や学校の勉強など、学校生活が彼の生活のかなり大きな部分を占めてしまうので、何もしない状態で食事し、入浴し、寝るという時間が短くなってしまうのです。そのため、彼の退行が存分に行われず、対人関係の再構築に要する職員のエネルギーが非常に大きくなってしまうのが現状です。したがって、施設側としては、なるべく早い段階で子供を連れてきて欲しいわけです。
僕らが家族という空間をイメージする時には、やはり子供たちが安心して安全に安定的に自分が自分としていられる空間、雰囲気が基礎になります。今子供たちが起こしているさまざまな問題は、自分が自分であるための基底である安心・安全・安定を保証されない家庭に育った子供だと思います。だとすれば、そういった空間をどう保証するかということが、今後の最重要課題になります。


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