講演+インタビューシリーズ『ライフスタイルを見る視点』


9.まとめ


「地域」の本質が覚醒した

私は政府の推進する「長期優良住宅(元々福田政権時に『200年住宅』と呼ばれていた)」関連のプロジェクトにいくつか関わっています。その中で折に触れて申し上げてきたのは、「現に長く使われている住宅とそこでの暮らしをよく見ずに、単に技術的な頭で具体的な方策を考えてみてもあまり意味をなさないのではないか」ということです。けれども、お忙しい皆さんにはなかなか聞い頂けないものですから、「隗より始めよ」ということで今年度の「ライフスタイルとすまい」の通年テーマを「長く使われている住宅とそこでの暮らしを見る」ことにしました。ということで、今回は越前浜の集落の古い民家に暮らし始めた星名さんたちに会いに行った訳ですが、とても印象深く心に残る取材になりました。

政府の「長期優良住宅」関連の審議会等の場で、「住宅1軒だけ200年もってどうなる?街並みとの関係を大事にしないといけない」という趣旨の意見を聞くことが多いのですが、個人的にはその「街並み」なる言葉の背景にどのような具体的なイメージがあるのかうまく想像できないままでいました。或いは「地域性を大事にしないと・・・」という類の発言を聞くこともあるのですが、この場合も同様に実感を伴って理解できることはなかったのです。何か歴史的な町並みやそこに表れる地域性のことを言っているのだとしたら、それはこれから新築する住宅とどう関係付けて理解すれば良いのか、それが正直わからなかったと言い換えても良いかも知れません。

今回の取材で私が実感を伴って明確に理解したのは、第一に古い家がその1軒の独立した特性によって長くもったり、長く住まわれたりするのではないということ。第二に、だからと言って家がいくつか集まっている状態をどう捉えれば良いのかというと、それは単に建物や道で構成される視覚的な印象のようなものだけではなく、そのやや広がった空間「地域」の中での人々の暮らしの層の重なりや何とも明確に表現しがたい人間同士の関係をこそ捉えなければいけないということです。集落研究をしてきた人たちから見ればあまりに当たり前のことですが、そのことを現代の若者の移住という行為が鮮やかに浮かび上がらせたのだと思います。眠りかけていた「地域」の本質が、若者たちの「利用の構想力」を通じて覚醒した、とても刺激的で考えさせられる越前浜でした。

(松村秀一)



今回も目から鱗だった。家を借りていてもお盆の間は使えないといった集落での家に対する独特の所有意識も興味深かったし,星名さんの話は「ここにいると生きているという感じがする」「住みつなぐためのしつらえ」など思わずメモしてしまう発言ばかりであったが,何よりも星名さん達の住まい方である。

もちろん,民家に移り住むこと自体はもはや珍しいことではない。しかし,星名さん達の様子をみていると,先行世代の移住とは明らかに違う。なにより自然である。無理をしている感じがしない。そこには,特別な主義も理論武装もない(ロハスのロの字さえ出てこない)。決意も悲壮感もなく,綿密な準備や計画もない。そこにあるから住みたいと思い,交渉して信頼され住み始めている。

そこにあるものをそのまま受け入れて住んでいる点も新鮮である。「人だけが居ない」状態だった民家を,まず掃除からはじめ,住む為に最小限の手を加えるだけで,いわゆる古民家再生のモダン和風のようなインテリアの改修もしない。それどころか,前居住者の家具や神棚,場合によっては故人の写真さえもそのまま受け入れて住んでいる。

そして彼らは,住み続けることによって,屋敷の中に自然があることの意味に気づき,集落で生きることを認識して新しい関係が生まれていく。住まうことの意味を再確認していくのである。

アーティストや建築関係者だけでなく,大学職員の若い夫婦など,ごく普通の人達がこのように住み始めているのだ。人々の意識と住まうスタイルは確実に変わりつつある。

(鈴木毅)



新潟市に住んでいたにも関わらず,その存在を全く知らなかった越前浜の集落。新潟の中心商業地から車で1時間圏内に位置している割には,都市化が進んでおらず,昔の共同体と民家群がそのまま年齢を重ねて今も存在している貴重な場所である。もちろんこの集落も過疎化が進んでおり,人口の維持という問題は緊急の課題のように思える。ただし,農村でも漁村でもないので,形態は昔ながらの集落ではあるが,近年の過疎化が進む郊外住宅地とむしろ類似する問題点が多いといえる。例えば,高齢化が進んでいることや徒歩圏内に商店がないことなどである。集落をマクロに概観すると,この様な環境の中に,星名君のような30代を中心とした若いアーティストや面白い人たちが集まってくることは,村が元気になっていい傾向だといえる。

また,星名君自身にとっても,結婚や子どもの誕生といった,ライフステージをこの様な環境で過ごすことは豊かな生活を獲得していると思う。彼らの世代は,物質的な豊かさが精神的な豊かさに直結しないことを知っている。だから,大きな夢を語らない。その代わり,実際に身体を動かして,本当にやりたいことだけを少しずつ実行しているように思える。星名君をはじめ,この集落にやってきた若い人たちは同じ目をしていた。それは,ギラギラした目ではなく,澄んだ,どこか遠くを見つめている目である。彼らには,越前浜の民家がよく似合っている。だだっ広い敷地と大きな日本家屋,そこには,日本人の原点を意識するゆとりと,自由な時間と自由な空間がたっぷりと用意されている。物質的な豊かさを追い求めていた私たちの世代には戻れない世界がそこにはあった。まずは,身の回りを掃除してみよう。少しは優しくなれるかも知れない。

(西田徹)




前ページへ  1  2  3  4  5  6  7  8  9  


ライフスタイルとすまいTOP