講演+インタビューシリーズ『ライフスタイルを見る視点』


3.ユーゴスラビア人のおじさんの小さなワークショップ
中野:  それで、大学を辞めてウィーンに行った時に通信社に勤務したのですが、住んでいたアパートにユーゴスラビア人のおじさんが住んでいました。このおじさんが地下室でトンカントンカンやっているわけです。その地下の写真がこれです。通風口のような明り取りがありまして覗き込むと半地下の地下室なのです。そういうのを持っている部屋と持たない部屋でお値段が違うのですが、そのユーゴのおじさんは持っている部屋を買っていたのですね。6畳間ほどの小さなスペースなのですがワイセラー兼工作室兼仲間とワインを飲むためのスペースなわけです。

仕事の帰りに通風口みたいなところから覗き込むとおじさんがコンコンとやっているわけです。そうすると下から来ないかと呼ばれて、小さな階段を下りて入ると、それまで木っ端などが散らばっていたのをさっと片付けて、テーブルクロスを引いてワイン出してくれました。これが非常にうらやましかったわけです。6畳くらいしかないのだけどとってもうまく出来ているわけです。普段は工作台が置かれていて、それがテーブル兼作業台となっています。壁にはスパナ、レンチがずらっと並んでいました。非常に使いやすく出来ていました。そして、下の棚をあけるとワインがずらっと並んでいました。

これは僕が書いた簡単な絵ですけど、こういう感じになっております。これが明り取りの窓で、ここから降りていくようになっています。これがうらやましくて…。
松村:  何歳くらい方なのですか?
中野:  60歳くらいです。もう年金生活をしていましたね。
鈴木:  居室は上にあるのでしょうか?
中野:  確か3階か4階にあって、離れていますね。男の城というか子供の秘密基地というか、とにかく魔法の部屋みたいなもので僕の憧れでした。
鈴木:  女性が入れないというわけではないのですか?
中野:  そんなことはないです。むさくるしい所なので入りたがらないだけです。近所のおじさん達はよく入ってきましたね。時々飲んでいると覗き込んで、入ってくるわけです。

当初はこのおじさんが特別なのかなと思っていたのですが、通信社の仕事でヨーロッパ各地を飛び回っていると、「どうだ、今晩うちに来て1杯やらないか」と誘われるわけです。そうして訪ねてみると、結構やっているわけですね。色々な工作を。こんなに一般的にみんながやっていることが僕には驚きでした。会社関係以外でも色々な知り合いの家を覗いてみても似たようなことをやっていました。

ザウツブルグのモーツァルトの家などは狭っ苦しい所ですよね。その家を見てなるほどと思ったのが、2階でピアノを弾いても下に影響しないことです。だから向こうの人は地下室を持っていなくても平気で何かやったりするのだなと思いました。響かない床が印象に残りましてうらやましかったです。

チューリヒにいた友人の奥さんが小学校の先生だったのですが、冬場になると奥さんはスキーの教師になるわけです。各学校のスキー教師をやるのですが、子供たちのスキーが傷んだり、年齢とともにサイズが合わなくなったり、ビンディングの付け替えなどがあったりすると自分の家の地下室に持ってきて、フライス盤などを使いながらボンボンと修理していくわけです。それを見ていて非常にうらやましいと思いました。

勤務していた通信社の契約が終わり、有給休暇をもらいました。そこで、オーストリアのスキー場に行ってのんびりスキーでもやろうかと思ったわけです。出来るだけケチってユースホステルに泊まったのですが、ユースホステルにさえすばらしいワークショップがある。そこは木工から溶接まで、なんでもかんでも出来る場所でした。スキー用品はもちろん、サイクリングでくる学生などの自転車を修理する道具まで揃っていました。日本のユースホステルのイメージとは全く違います。作業を誰がやっているかと申しますと、ユースホステルの経営者なのです。経営者の親父さんというのはそういう技能がないといけないのかと驚きました。館内の水周りの修理、椅子の補修、宿泊者の持ち物の修理など、そういうサービスが非常に行き届いていました。いくつか回ったユースホステルのほとんどでやっていました。

こういった経験が僕の中でDIYは日常的にやる事だなという印象となって残り、自分が物を作っていく原点になったのではないかと、今になって思っています。



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