まちなみとトイレその2 トイレの配置方針はどれがいい?

1. 公共トイレの配置を良くするにはどうすれば?

 「まちなみとトイレその1公共トイレは適切に配置されている?」でも議論したように,外出中に公共トイレが見つからないこと,すなわち公共トイレへのアクセシビリティの低さが近年問題となっています.これは都市工学の伝統的なテーマである「施設配置問題」の一つで,数理最適化と呼ばれる手法で解決を試みることができます.例えば,「公共トイレから500m以内に居住する人口を最大化する」という目的と,「公共トイレの総数は200個とする」という制約を定め,それぞれ数式で表せば,コンピュータで数値計算することで制約の中で目的を達成する最適な配置を求めることができます.
 しかし実際の都市計画において,最適配置に従って公共トイレを再配置することは困難です.公共トイレの新設には多額の建設コストがかかり,移設されるまでには数十年単位の時間を要します.また公共トイレはNIMBY施設(迷惑施設)の一つで,新たに建設するには住民との合意形成を必要とします.例えば,ある場所に公共トイレを作りたいと自治体が考えても,臭いの発生や犯罪リスクが高いことへの不安を理由に住民が反対すれば,公共トイレの新設が実現できないケースもあります.このように最適な配置を数理最適化によって求めても,実際にその配置をすぐに実現することは非常に難しいです.
 公共トイレのアクセシビリティを改善する別のアプローチとして,民間への協力を要請するというものがあります.神奈川県大和市では市内のコンビニを対象に,トイレを一般に開放することでトイレットペーパーが自治体から支給される,「公共のトイレ協力店」への加盟を募集しています.コンビニは商業地だけでなく,住宅街や大通り沿いにも多く立地しており,店舗自体が見つけやすいため,コンビニトイレが自由に利用できるようになればトイレへのアクセシビリティは大幅に改善すると考えられます.またコンビニトイレは,屋外に設置されていることが多い公共トイレと異なり,室内にあるため使用への抵抗が小さいと感じる人も多いです.
 一方で店舗の売上増加には必ずしも繋がっておらず,清掃コストや水道代が増加することで店舗運営への負担は嵩んでしまいます.大和市でも加盟店舗は伸び悩んでおり,現段階では持続的な解決方法にはなっていません.
 では公共トイレへのアクセシビリティの低さを都市計画的に解決するには,どうすればいいでしょうか?本記事では一部の先進自治体が策定している「公共トイレの配置方針」というアプローチを紹介します.またこの施策がどれくらいアクセシビリティを改善するかをシミュレー ションによって予測する手法も紹介します.

2. 公共トイレ配置方針の種類

 多くの自治体では小学校や公民館といった自治体が管理する公共施設について,配置場所や運営方針を定めた施設再配置計画を策定しています.公共トイレについても同じように,一部の先進自治体が配置計画を定めており,その計画文書の中で「一定の条件を満たす場所に公共トイレを優先的に設置する」という配置方針を示しています.老朽化した公共トイレが発生したり予算に余裕があるタイミングで,個別の事情を考慮した上で配置方針を原則として公共トイレを新設・移設することで,長期的により適正な配置に近づけること目指しているのです.
 では具体的にどのような配置方針が定められているのでしょうか.全国の政令指定都市と東京都特別区の合計43自治体を対象に,文献調査及びメールによる問い合わせを行ったところ,約4割にあたる17自治体が公共トイレの配置に関する計画を定めていました.また配置方針は表1の4種類に分類されました.

表1 配置方針の種類


 配置方針A「空白地帯を小さくするよう設置」では,誘致圏と呼ばれる施設がサービスを主に提供する範囲を各公共トイレを中心に設定しています.そして誘致圏に含まれない領域を減らす,すなわち公共トイレが周りに存在しない空白地帯をできるだけ小さくすることを目指しています.誘致圏は,公園や緑地の配置計画においても良く用いられる用語で,配置方針Aは公平性が求められる公共施設の配置問題における最も一般的な考え方の一つに従っています. 
 配置方針B「設置基準を満たす公園に設置」は,「周辺250mの範囲内に公共トイレがない公園」「公園面積が300m²以上の公園」といった設置基準を定め,設置基準を満たしており,かつ 公共トイレが現存しない公園に,公共トイレを新設することを定めたものです.公共トイレは, 駅前広場や歩道上に存在するものも一部ありますが,大半が公園内にあります.近隣公園や地区 公園といった大規模な公園には大抵公共トイレが設置されていますが,街区公園や児童遊園といった規模の小さい公園には,敷地面積や予算が限られていることにより公園トイレが存在しないものも多いです.従って実質的に,配置方針Bはこの規模の小さい公園の中でどの公園には優先的に公共トイレを設置するかを示しています.
 配置方針C「散策ルート沿いに設置」は自治体が定めた「まち歩きおすすめコース」「歴史や自然に触れる道」といった名称の散策ルートに対して,ルート上やルート付近の公園に公共トイレを設置することを定めたものです.散策ルートは観光活性化や健康増進といった役割を担っており,人通りが多い(=公共トイレの需要が大きい)道に設置すべき,という考え方に加えて, 散策ルートの利便性を向上させ利用者を増加させる,という狙いもあります.
 配置方針D「災害避難路沿いに設置」は,幹線道路などの大規模災害の際に避難路または帰宅路として用いられる道路や付近の公園に公共トイレを設置することを定めたものです.地震や津波が発生して人々が避難場所に指定されている公園に集中した際に,混雑やトラブルが少なくトイレが利用できるように,規模が大きい公園では公共トイレを複数設置することや便器数を比較的多めに設計することも重要です.

3. シミュレーションによるアクセシビリティの効果検証

 では2章で挙げた配置方針のタイプは,公共トイレへのアクセシビリティをどの程度良くするのでしょうか?公共トイレを実際に移設して効果を確認すること(これは自然実験と呼ばれます)は難しいですが,シミュレーションを用いれば不確実性を加味しながら効果を予測することができます.ここでは東京都板橋区をケーススタディとして,人流データと公共トイレ位置情報のデータを用いて,アクセシビリティを評価するシミュレーションを行います.

 シミュレーションの手順は以下の通りです.
① 配置方針A・配置方針B・配置方針Cに従ってそれぞれ公共トイレを移設し,新たな配置案をランダムに生成します.
 (例えば配置方針C「散策ルート沿いに設置」の場合は,板橋区が指定している散策ルートの近くに存在しない公共トイレの中からランダムにいくつか選んで,散策ルートの近くのランダムな場所に移動させます.)
② 人流データは人の一日の動きを示した位置情報データです.「人は一日のどこかでトイレに行きたくなる」と仮定し,公共トイレに行きたくなる場所(これを「需要点」と呼ぶことにします)をランダムに生成します.
③ ①で作った新たな配置案と,②で作った需要点を照らし合わせて,需要点から250m以内に公共トイレがあれば「成功」,なければ「失敗」と判定します.人流データには2万人近くのデータがあり,その平均成功確率を「人々が公共トイレにすぐにアクセスできる確率」として求め, 配置のアクセシビリティ評価指標とします.

 このシミュレーションを1万回繰り返して,平均成功確率の1万回分の平均を算出し,配置方針のアクセシビリティを評価します.この手法では,配置方針に従ってトイレを移設する場所や,需要点が発生する場所が不確実なことに対して,乱数を用いてランダム性を考慮して計算を行っています.これはモンテカルロシミュレーションという手法の一つです.
 シミュレーションの結果は下図の通りです.横軸は公共トイレ総数に対して移設する個数の割合,縦軸は配置方針の評価指標を示しています(例えば80%は,全シミュレーションのうち,80%の人は需要点から250m以内に公共トイレがあった,ということを示しています).これを見ると板橋区では公共トイレを移設する数が増えるごとに,配置方針Aと配置方針Bではアクセシビリティが順調に増加していることがわかります.一方で配置方針Cではアクセシビリティの増加が伸び悩んでいます.
 上記の結果は板橋区におけるもので,場所によって有効な配置方針は異なると考えられます.しかし,このシミュレーション手法はどの自治体に対しても適応でき,長期的な配置方針の効果を予め比較することは計画策定において非常に重要です.


図1 配置方針によるアクセシビリティの変化

4. まとめ

 本記事では,公共トイレの配置方針を紹介し,また配置方針によるアクセシビリティの変化予測をシミュレーションにより分析しました.前述した通り,配置方針を定めている自治体の数はまだ多くありません.しかし,ウォーカブルシティや防災まちづくりといった現在ホットな都市のトピックを考える上でも,公共トイレの配置問題は避けて通れません.本記事で紹介した配置方針のタイプやシミュレーション手法を参考にしながら,より多くの自治体で公共トイレの配置方針が定められることを願います.

 詳細なシミュレーション手順は以下の論文をご参照ください.
塩崎洸・山田康祐・大嵜一輝・杉浦完征・薄井宏行・樋野公宏 ,2023,自治体による 公共トイレの配置計画の比較分析-シミュレーションによる配置方針別のアクセシビ リティ評価-,都市計画論文集,58(1),2023年4月掲載予定.

5 参考文献

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文責: 塩崎洸・山田康祐・大嵜一輝・杉浦完征