地域名称によるイメージの形成

1.地域名称

みなさんは、まちを歩いているとき、「この立地で、店舗や建物の名前に○○と付けるのは違和感がある」 といった経験がありませんか?
多くのマンション・アパート、店舗、オフィスビル等の建物の名前や、そこに入るテナントの名前には、「○○ビル」「○○カフェ」などの地名が含まれています。こうした地域名称の分布は、人々が形成するイメージの空間的な範囲を表しているとも考えられます。 ここでは、地域名称がつく建物やテナントの分布を地図上に可視化し、実際の町名の範囲と比較してみようと思います。

1.1 対象地域と利用データ

ここでは、東京都23区を対象として分析を行います。
建物名・テナント名は、ゼンリン住宅地図(Zmap TOWN II、2008/09年度版)から抽出し、基盤となる地図・鉄道路線図などについては、国土数値情報ダウンロードサービスを利用しました。

1.2 東京23区全体の分析

実際の町名の範囲のどれくらい外側まで建物が広がっているかの度合いを数値化すると、地図上に色などの形で表示でき、全体的な傾向をつかむのに便利です。 この広がりを建物の「はみ出し率」と呼ぶことにしましょう。

※「はみ出し率」について
単純に考えると、はみ出し率は、たとえば(地域名称のつく建物の合計)÷(対象地域内の地域名称のつく建物の合計)として求めることができます。 実際、ほとんどの地域ではこの方法でよいのですが、一部困った問題があります。建物名には、地名を含むものだけでなく、苗字を含むものもあるのです。

このようなデータは、地域から大きく離れたところに存在しているのでそれとわかるのですが、すべてのデータを人力で整えるわけにはいきません。 そこで、次に示すような方法を使います。

まず、地域名称でない理由で、地域名称らしきものが名前に含まれる建物(ややこしいですが、要は苗字などです)の密度を求めます。 長いので、以降、「地域名称らしきものがついているが、地域名称が理由でない建物」を「まぎらわしい建物」と呼びます。 これには、地域名称のつく建物が、おおむねその地域から1.5km以内におさまっていることを利用します。 言い換えると、下図の黄色い線にはさまれた領域に含まれる建物は、すべて「まぎらわしい建物」です。これで、「まぎらわしい建物」の密度が求められます。

次に、このデータを使って、「まぎらわしい建物」の影響を除いていきます。先ほどの式は、

(地域名称のつく建物の合計)÷(対象地域内の地域名称のつく建物の合計)

でした。これを、

(地域名称のつく建物の合計 - 「まぎらわしい建物」の合計)÷(対象地域内の地域名称のつく建物の合計 - 対象地域内の「まぎらわしい建物」の合計)

とします。ここで、それぞれの「『まぎらわしい建物』の合計」は、面積に密度をかければ求められますね。 なお、建物の合計と書きましたが、実際には「建物の建築面積の合計」を使っています。

では、早速「はみ出し率」を使った分析結果を紹介します。
まず、建物名について可視化した結果は、下図の通りです。


画像をクリックすると拡大図が新しいタブで開きます。
また、部分拡大図と全体図のPDF版も用意しました。 こちら からどうぞ。

「はみ出し率」が高くなるのは、次の2つの条件が満たされている場合です。

  • 地域の中で相対的に有力である
  • 町丁目の面積が小さい名称が現れる

次に、テナント名について可視化した結果は、下図の通りです。


部分拡大図 PDF

建物名、テナント名とも、概ね同様の結果となりました(建物名とテナント名との違いについては、後述します)。 各地域で優位性のある地名が抽出されていますが、江戸川区、江東区のあたりでは、あまりはみ出し率の高い地名がみられないのが特徴的です。

はみ出し率の多い地名をいくつか選び、その理由を考察してみます。

  • 中目黒は、ブランド力があり、はみだしが大きいと考えられます。
  • 秋葉原・恵比寿は、両方とも位置する駅は大きいのですが、秋葉原は、町丁目の面積が非常に狭く、はみ出しが大きくなります。 一方、恵比寿は町丁目の面積が広いため、はみ出しは小さくなっていると考えられます。
  • 砧公園の場合は、公園自体が町丁目に対応しています。砧公園の周囲に、その名前を冠した建物が立地することで、はみ出しが大きくなっていると考えられます。

1.3 建物か、テナントか・・・

なお、建物名とテナント名の関係については、さらに次の指標をとってみれば分かりやすいでしょう。

【テナント名の優位度】=(「テナント名に基づく【はみ出し率】」 - 「建物名に基づく【はみ出し率】」)÷(テナント名・建物名のはみ出し率の大きいほう)

この指標を用いた結果が、下の2つの図です。
建物名の方が相対的にはみ出している割合が高いほど、1枚目の地図で濃い緑色に表示されており、 テナント名の方が相対的にはみ出している割合が高いほど、2枚目の地図で濃い緑色に表示されています。


部分拡大図 PDF


部分拡大図 PDF

考察
建物名優位度:
大田区、杉並区、足立区など、郊外部において、住宅系が相対的に優位な傾向がみられます。水元公園、上野公園、砧公園などの良好な住環境を反映しており、駒場、成城などのブランド力のある住宅地を捉えているといえるでしょう。また、自由が丘のように、商業系のテナントも多い地域でも、住宅系への影響が相対的に大きい地名もあることが分かります。
テナント名優位度:
銀座、築地、中目黒、町屋など、店舗が多いと考えられる地域において、商業系が相対的に優位な傾向がみられます。ただし、日本橋など、さらに細かい地名(「日本橋浜町」など)に分かれる場合は、地名の影響が少なく算出されていると考えられます。 また、都心部では、全体的に、テナント名から算出した商業系優位度が大きいです。これは、高層ビルが多いため、建物名よりテナント名の寄与が多くなっていると考えられます。

1.4 まとめ

マンション・アパート、店舗、オフィスビル等の建物の名前や、そこに入るテナントの名前には、「○○ビル」「○○カフェ」などの地名が含まれています。こうした地域名称の分布は、人々が形成するイメージの空間的な範囲を表していると考えられます。今回は、地域名称がつく建物やテナントの分布を地図上に可視化し、実際の町名の範囲と比較してみました。

建物やテナントにつけられる名称は、その地域の中で相対的に優位性がみられる地名が選ばれ、それが位置する町名の範囲を大きくはみ出して立地する傾向にあることが分かりました。建物やテナントにつけられる名称は、町名に加えて、鉄道駅の影響も大きいと考えられます。町名の範囲が駅が及ぼす範囲に比べて小さい場合は、特に地名のはみ出しが大きくなることも分かりました。

このような地名に着目しながら、まちを歩くのも面白いですね。

最後に、本稿は、東京大学CSIS共同研究(No. 693)による成果です(利用データ: Zmap TOWN II 2008/09年度(Shape版)東京都データセット(株式会社ゼンリン提供))。 記して、お礼申し上げます。