まちなみを計測する(その1:階高)

はじめに

 道路とその沿道の建物はまちなみの風景を形作ります.とくに,沿道の建物高さは,まちなみの良し悪しを大きく左右します.しかし,意外かもしれませんが,建物高さのデータは一般に公開されておりませんでした.このため,学術分野においても,建物の地上階数(以降,「建物階数」と記します.)に階高を掛けることで,建物高さは概算されています.階高とは,n階の床面からn+1階の床面までの高さのことです.階高の具体的な設定値として,3m前後が採用されています.たとえば,建物階数は6階,階高は3mとすると,その建物の高さは18mとなります.
 ところが,実際には,同じ建物でも各階で階高は異なる場合もあります.たとえば,商業系用途の建物の1階の階高は上階の階高よりもやや大きい傾向にあります.また,商業系用途の建物の階高のほうが,住宅系用途の建物の階高よりも大きい傾向にあります.各階で平均をとっても,建物ごとに階高の平均は異なります.当然のことながら,6階建ての建物であっても,建物高さは18mとは限らず,実に様々です.
 階高の設定値を変えれば,建物高さの概算値も変わります.階高を3.5mに設定すれば,6階建ての建物の高さは21mになります.塵も積もれば山となる,ではありませんが,階高の設定を0.5m変更するだけで,建物高さは3mも変化してしまいます.1階分の階高に相当する変化です.
 本稿では,東京23区の各町丁目を対象に,なるべく正確に建物高さを推定するためには,階高をどのように設定すればよいのか,考えてみます.そのためには,高精度の建物高さのデータが必要です.2021年3月に,高精度の建物高さをもつ3D都市モデルが「Project PLATEAU」の一環としてリリースされました.Project PLATEAUとは,国土交通省が主導して整備を進めている三次元(3D)都市モデルの整備プロジェクトです.全国56都市の3D都市モデルのデータ(以降,「PLATEAUデータ」と記します.)がオープンデータとして提供されています.PLATEAUデータ自体は,G空間情報センターのwebサイトにてダウンロードすることができます.
PLATEAUデータの特色の一つは,建物高さの情報が高精度であることです.高精度な建物高さのデータとして,本データを使用します.また,建物階数のデータとして,東京都都市計画地理情報システムにおける建物現況データを使用します.

最適な階高を推定する

 各町丁目における最適な階高を推定する方法を概説します.各建物について,
[高精度の建物高さ]=[階高]×[建物階数]+[誤差]
の関係が成立します.たとえば,建物Aの建物高さは19m,建物階数は6階の場合,階高を3mに設定すると,誤差は1mとなります.誤差が小さいほど,建物高さをより正確に推定することができます.東京23区の各町丁目では,建物棟数は平均500棟ありますから,すべての建物について,誤差をゼロにすることは困難です.このため,「なるべく正確」の基準として,各建物の[誤差]の二乗を足しあげたもの(二乗和)を最小にするように,最適な階高を計算します.

最適な階高の推定結果と考察

 東京23区において最適な階高を町丁目ごとに推定しました.その推定結果を図1に示します.建物用途との関係を考察するために,用途地域の指定状況を図2に示すとともに,東京都心および副都心の位置を示します.
 図1から,各町丁目における最適な階高は,概ね3mから4mの範囲に分布していることがわかります.東京都心および池袋,新宿,渋谷そして大崎などの副都心の周辺では,最適な階高は3.5mよりも大きい傾向にあります.他方,東京都心から10km程度以遠では,最適な階高は3.5m未満となる町丁目が連坦しています.そして,都心から20km以遠(とくに東京23区西方)では,最適な階高は3.5mよりも大きくなる傾向にあります.東京湾沿岸部に目を向けますと,最適な階高は5m以上となる町丁目があります.このように,都心からの距離帯に応じて,最適な階高に明瞭なパターンを発見することができます.
 用途地域の指定状況と照らし合わせて,上述の考察を深めていきましょう.東京都心および池袋,新宿,渋谷,大崎そして錦糸町などの副都心周辺では,商業地域に指定されています.商業地域では,商業系用途の建物とともに,オフィス系用途の建物も集積しています.商業系やオフィス系の用途の建物では,住居系用途の建物と比較して,階高は大きい傾向にあります.重たいオフィス機器等を設置するために床の厚さは大きくなりますし,空調等の設備を天井部に設置するためです.
 他方,東京都心から10km程度以遠では,主に中高層等の住居系の用途地域に指定されています.マンション等の集合住宅が立ち並ぶイメージです.商業系やオフィス系の用途の建物のように,床の厚さを大きくする必要はありません.そのためか,この地域では,最適な階高は3.5m未満になると推察できます.さらに,都心から20km以遠に目を向けると,低層住居系の用途地域に指定されています.戸建て住宅が立ち並ぶイメージです.マンション等の集合住宅とは異なり,階高に若干の余裕を持たせ,ゆとりのある居住空間を求めるためなのか,最適な階高は3.5mよりも大きくなると推察できます.東京湾沿岸部に目を向けますと,工業系の用途地域に指定されています.工業系用途の建物では,大規模な機器や資材等を収納する必要もあるため,階高は大きい傾向にあります.実際に,町丁目単位で最適な階高を計算してみますと,5m以上という結果が得られました.


図1:階高の推定結果(単位:メートル)

図2:用途地域

おわりに

 本稿では,東京23区の各町丁目を対象に,なるべく正確に建物高さを推定するためには,階高をどのように設定すればよいのかについて考えました.意外なことに,つい最近まで,高精度の建物高さのデータは入手困難でした.PLATEAUデータがオープンデータとしてリリースされたことにより,建物高さと建物階数の関係を分析することができるようになり,長年の未解決問題であった「階高 = 3mとしてよいのか問題」に取り組む環境は整いました.
 分析の結果,各町丁目における最適な階高は概ね3mとしても,的外れではないものの,留意すべき点はあります.都心からの距離帯に応じて,最適な階高に明瞭なパターンがあることです.本稿では,このパターンを用途地域の指定状況を参照することで考察しました.住居系用途,商業やオフィス系用途,工業系用途の建物が多く集積する地域において,建物高さを推定するための最適な階高が存在することもわかりました.
 最後に,階高とまちなみの関係を述べて,本稿を終えます.現行の都市計画制度において,建物階数の上限を間接的に定めることはできる一方,建物高さそのものの上限を直接定めることは,一部の用途地域を除きできません.ある地域において,各建物の建物階数は同じであっても,階高が異なれば,建物高さは様々となります.冒頭で述べたように,階高を変えれば,建物高さも変わります.塵も積もれば山となる,ではありませんが,階高を0.5m変更するだけで,建物高さは建物階数の倍数だけ変化してしまいます.見方を変えれば,各建物における階高の設計次第で,地域のまちなみは良くも悪くもなります.本稿が,建物高さ,建物階数,階高からみたまちなみを考えるヒントとなれば幸いです.

謝辞

3D都市モデル(Project PLATEAU)東京都23区のデータと東京都都市計画地理情報システムを使用しました.ここに記し謝意を表します.

参考文献

1)G空間情報センター 3D都市モデル(Project PLATEAU)東京都23区 URL: https://www.geospatial.jp/ckan/dataset/plateau-tokyo23ku(閲覧日:2022年3月12日)

文責:薄井宏行