生育環境のどのような違いが私たちの空間認知に関係するのか

1.はじめに


 ナビゲーションとは周囲の空間的情報を認知し、目的地までの経路選択を行うプロセスであり、スマートフォンとGPS機能の普及により必要性が薄まりつつあります。
 一方、それら空間認知を伴うナビゲーションは、自己の様々な過去エピソードを文脈としてつなぎ合わせ、将来の計画や意思決定をするというプロセスと類似するとされ、それらが同じ神経による活動でみられるため、私たちの思考基盤の1つとして重要性が示唆されています[1]。また、空間認知の発達においては、12歳前後には成人レベルに達するとされ、幼少期の環境が重要となります[2][3]。
 この記事では、個々の幼少期における生育環境の違いがナビゲーションの際の空間認知にどのように関係するのか、次の3つの視点からデータ分析による検証内容をご紹介します。

①道路ネットワークの構造と経路選択の効率性の関係
はじめに、生育環境における道路ネットワークの構造とナビゲーションにおける経路選択の効率性との関係についての検証となります。例えば、道路ネットワークが規則的なグリッド型ではなく、方向が不規則であるほうが進行方向の変化が多くなるため、効率的に経路選択を行う習慣が身につくかもしれません。

②自然環境とランドマーク認識の関係
次に、生育環境における自然環境の存在と、ナビゲーションにおけるランドマークの位置関係の認識との関係についての検証となります。例えば、森林が一団のかたまりとして存在する地域では、それらがランドマークとなることが想定されます。また、近隣に河川がある場合、それらを基準として地域の境界線を認識しているかもしれません。このような環境では、それら自然物の位置関係から周辺を空間的に把握する習慣が身につくことが想定されます。

③空間認知の発達に対する生育環境の重要性
最後は、上記①および②それぞれの空間認知について、生育環境は成人後の環境より寄与度が高いのかどうかという検証となります。前述のとおり、12歳前後で成人レベルに達するという空間認知の発達に関する確認となります。

 これらの検証は、18歳から24歳の大学生、大学院生を対象とした生育環境および成人後である現在環境に関する地理情報を含む各種データと、仮想空間を使用したナビゲーションテスト結果のデータにより実施されました。
 まずは、これらデータの内容についての簡単な整理を行った後、各検証内容を解説していきます。

※本記事の内容は、執筆者による修士研究の成果[4]の一部を加筆・修正したものです。

2.地理的データおよびナビゲーションテストに関するデータ


 生育環境および現在環境に関する地理的データは、アンケート調査で取得した郵便番号情報から地域データを設定し、道路ネットワークデータおよび森林および河川情報を含む土地利用面積データを結合し、分析に使用しました。
 空間認知に関するデータについては、前述のとおり、仮想空間を使用したナビゲーションテストの実施により収集しました。仮想空間は、都心部、住宅地、山間部を模した3つのエリアと、タワー、山、太陽のようなランドマークで構成されています(図1参照)。テストのルールは、指定時間内に各エリアにチェックポイントとして設置されたボールの色を確認後(図2の赤色星印)、スタート地点に戻るというものです(図2参照)。チェックポイントにたどり着くためには、スタート地点側からみた各エリアチェックポイントの方向や位置を失わないように経路を選択すること(経路選択の効率性)に加えて、ランドマークを参考に自己位置を推測すること(ランドマークの位置関係の認識)が重要となります。
 テスト後、参加者は各エリアのチェックポイントのボールの色や、スタート地点から見たランドマークの方角に関する設問に答えました(図3と図4を参照)。これらの正解数について、それぞれ経路選択の効率性およびランドマークの位置関係の認識を表すデータとして分析に使用しました。
 なお、分析対象となるサンプル数は、210名であり、34都道府県(生育環境ベース)に分布しています。
 次に、各検証内容について、解説していきます。


図1 仮想空間の全体イメージ



図2 全体平面図



図3 チェックポイントのボールの色に関する設問例



図4 ランドマーク(山)に関する設問例


3.道路ネットワークの構造と経路選択の効率性の関係


 まずは、生育環境における道路ネットワークの構造と経路選択の効率性の関係について、検証します。
 道路ネットワークの不規則性について、方向秩序性という指標に着目しました。方向秩序性とは、ある地理的範囲における全リンクの方位の相対頻度を指標化したもので、図5のとおり、値が1に近いほどグリッド型の道路ネットワークとなり、値が0に近いほどリンクの向きがばらばらに分布した道路ネットワークとなります[5]。この方向秩序性が低いほど、経路選択の効率が高くなるだろうと仮定しました。
 また、経路選択の効率性については、前述のとおり、ナビゲーションテストにおける各エリアのボールの色に関する設問の正解数を使用しました。
 これらをもとに、生育環境に関する道路ネットワークの方向秩序性などの各指標を説明変数とし、経路選択の効率性に関する指標を目的変数とした重回帰分析を実施しました。なお、説明変数には、方向秩序性以外の道路ネットワーク指標のほか、自然環境および性別、ゲーム経験などの個人属性データを追加しました(補注参照)。
 分析の結果、道路ネットワークの方向秩序性が低いほど、経路選択の効率性が高くなることについて、統計的な有意性が確認できました。
 これらの結果は、道路ネットワークの方向秩序性が低い生育環境においては、頻繁な進行方向の変更によらず目的地の位置を失わない習慣が身につき、効率的に経路選択を行う能力が養われることを示唆しています。


図5 道路ネットワークの方向秩序性(例)
「拡張版全国デジタル道路データベース 2015年度版
(住友電工システムソリューション株式会社)」をもとに筆者作成


4.自然環境とランドマーク認識の関係


 次に、生育環境における自然環境の存在と、ナビゲーションにおけるランドマークの位置関係の認識との関係について、検証します。
 森林と河川については、土地利用の面積比を指標として使用しました。ランドマークの位置関係の認識については、前述のとおり、ナビゲーションテストにおけるランドマークの方角に関する設問の正解数を使用しました。
 これらをもとに、森林と河川に関する指標を含む前述の説明変数と同じ変数群を使用し、ランドマーク認識に関する指標を目的変数とした重回帰分析を実施しました。
 分析の結果、森林および河川の存在により、ランドマークの位置関係の認識が正確になることについて、統計的な有意性が確認できました。
 これらの結果は、森林や河川などの自然環境が存在する生育環境では、それらのランドマークの位置関係の認識により、周辺を空間的に把握する能力が養われることを示唆しています。

5.空間認知の発達に対する生育環境の重要性


 最後に、空間認知の発達に対する生育環境の重要性について、検証していきます。
 分析手法は、前述2つの分析に使用した変数群による経路選択の効率性およびランドマーク認識に関する重回帰分析について、生育環境および現在環境の変数群をすべて含む重回帰分析に対する各環境の変数群の寄与度を求め、それらに基づき統計的検定を実施するというものです[4]。
 分析の結果は、次のとおりです。
 経路選択の効率性については、生育環境が現在環境より寄与度が高いものの、統計的に有意ではありませんでした。一方で、ランドマーク認識については、生育環境が現在環境よりも寄与度が有意に高くなりました。
 これらの結果は、特にランドマーク認識において、生育環境が現在環境よりも強く関係しており、生育環境における森林や河川などの自然環境が空間認知の発達にとって重要な存在となることを示唆しています。

6.まとめ


 これまで、ナビゲーションの際に重要となる空間認知と様々な生育環境との関係を検証した結果を示してきました。そこから得られた示唆は次のとおりです。

①生育環境の道路ネットワークの方向秩序性が低いほど、効率的な経路選択ができる。

②生育環境の森林や河川のような自然環境の存在により、ランドマークの位置関係を正確に把握できる。

③成人後の環境よりも、幼少期の生育環境が空間認知の発達に寄与し、特にランドマーク認識において顕著である。

 これらの内容は、都市デザインにおいてグリッド型の道路ネットワーク整備ではなく既存のネットワークを活用したり、森林や河川などの自然のランドマークを保全するという方向性の説明として有効かもしれません。また、ナビゲーションにより空間認知を養うためには、まず外出することが重要となります。そのためには、歩きたくなるまちづくり、いわゆる「ウォーカブルなまちづくり」の推進が必要となると考えられます。

文責:玉田 大


補注:説明変数一覧



注)リンクは道路を表す線分、ノードは道路交叉点を表す点

参考文献


[1] バーバラ・トヴェルスキー: Mind in Motion 身体動作と空間が思考をつくる,森北出版,2020
[2] M・R・オコナー: WAYFINDING 道を見つける力 人類はナビゲーションで進化した,インターシフト,2021
[3] マイケル・ボンド: 失われゆく我々の内なる地図 空間認知の隠れた役割,白楊社,2022
[4] 玉田大: 生育環境と空間認知の関係 仮想空間におけるナビゲーションテストによる検証,東京大学工学系研究科修士論文,2024
[5] BOEING, Geoff: Urban spatial order: Street network orientation, configuration, and entropy, Applied Network Science, 2019, 4.1: 1-19.