まちなみと防災-まちなみと防災は両立可能か-

はじめに

皆さんは災害と聞くとどのようなものを想像しますか?地震、火災、水害などが思いつくのではないでしょうか。これら3つの災害の危険度がどれも高い地域として、東京都墨田区北部に位置する京島3丁目について考えてみます。京島3丁目は密集市街地として知られており、東京都の公表する地域危険度において、建物倒壊危険度、火災危険度、総合危険度は最大のレベル5となっています[1]。また水害の危険性も高く、墨田区のハザードマップによると、荒川氾濫時に京島3丁目では3mから5mの浸水が起こり、浸水継続時間は2週間に及ぶと予想されています[2]。

京島3丁目のこれまでの取り組みと課題

ここでは現状京島3丁目において、地震・火災・水害に対してどのような防災の取り組みが行われているのかを確認します。地震・火災に対しては、防災街区整備事業や緑地・広場・防災設備の整備など行政主体によるハード面の取り組みに加え、不燃化助成制度のように住民主体によるハード面の改善をサポートする取り組みが行われており、密集市街地の一定程度の改善に繋がっています[3]。一方水害に対しては、ハード面の取り組みは積極的に行われていません。ソフト面について墨田区を含む江東5区(墨田区・江東区・足立区・葛飾区・江戸川区)は、大規模水害時の江東5区外への広域避難を基本方針としていますが[4]、高齢者や江東5区外に避難先を見つけられない人にとっては容易ではありません。
では水害の対応に特化したハード面の取り組みを行うことは、京島3丁目にとって最善な策なのでしょうか。京島3丁目の密集市街地は災害リスクの高さというデメリットがある一方で、高い建物が少なく一体感のある下町のまちなみを残しているというポジティブな側面もあります。そのため水害対応のみを考慮したハード面の取り組みにより、まちなみの魅力が失われてしまう恐れもあります。現に東日本大震災の被災地である岩手県釜石市では、高さ5mの防潮堤が建設され、景観を損ねるとして反対する市民と防災の面で賛成する市民の対立が起こりました[5]。これらを踏まえ、本稿では京島3丁目を対象として、まちなみと防災を両立させた施策について考えたいと思います。

分析手法

今回は[6]を参考に、2016年の東京都都市計画基礎調査のデータを使用して、墨田区北部の各建物の更新確率を回帰ロジットモデルにより推計しました。分析の結果、「幹線道路に接道しているか否か」、「駅までの距離」などの要因によって建物の更新されやすさは異なることが判明しました(図1)。


図1 2016年時点で京島3丁目に存在する建物が5年以内に更新される確率

この回帰ロジットモデルの結果を基に建物更新のシミュレーションを行い、各建物が2031年までに更新されるかどうか、更新される場合はいつ更新されるか(5年刻み)を予測しました(図2)。


図2 2016年時点で京島3丁目に存在する建物の更新有無、更新時期の予測

最後に、建物転用のシナリオを3種類作成し、図2で更新されると推測された建物について、建て替え後の階数、用途、住宅タイプ(独立住宅か集合住宅か)を各シナリオの方針に従って定めました。作成した3つのシナリオの概要は以下のようになっています。

@趨勢型シナリオ
2011年から2016年までの建て替え傾向をもとに、2031年までの建て替え方針を決定したシナリオです。この傾向から、独立住宅、住商併用建物、住居併用工場は3分の1を2階建て、3分の2を3階建てとしました。住商併用住宅と住居併用工場は減少し、独立住宅が増加、また住宅タイプでは独立住宅が中心となるシナリオとなっています。現状の傾向を維持するために、追加の施策等は行っていません。
A水害対策特化型シナリオ
このシナリオでは、より多くの住民の垂直避難を可能とするために、建て替え後の建物は全て3階以上とします。住商併用住宅と住居併用工場は減少し、独立住宅と集合住宅が増加します。住宅タイプでは趨勢シナリオと比較して、集合住宅の割合を増やすシナリオとなっています。また追加の施策として、このシナリオでは建築面積200u以上の集合住宅には最上階に避難施設を設けることとします。
B下町保全型シナリオ
建物高さについては、水害対策として趨勢型シナリオより3階建ての建物の割合を増加させます。下町のまちなみの保全のために、住商併用建物や住居併用工場など商業系、工業系の用途の建物数を維持します。住宅タイプは趨勢型シナリオと同様に、独立住宅を中心とします。その他の施策として、水害対策特化型シナリオにおいて採用した集合住宅最上階の避難施設をこのシナリオでも導入します。

結果・各シナリオの評価

各シナリオの方針に従って建物更新を行った結果の図を表1にまとめます。

表1 各シナリオの建物更新結果

以上の各シナリオを評価するにあたり、@水害対応面、A地震・火災対応面、B下町保全面についてそれぞれ指標を設けました。
@水害対応面については、荒川氾濫時を想定し、町内で一時的に垂直避難(建物の高い部分、本稿では5m浸水を想定し3階以上に避難すること)が可能な世帯数、及び2週間の浸水継続期間を町内で過ごすことができる世帯数を指標としました。加えて、各シナリオの施策実施後も、町内の避難所の収容人数の関係で広域避難を余儀なくされる世帯数も指標としました。
A地震・火災対応面については、各建物の火災に対する強靭性を示す防火耐火率に加え、町の火災に対する強靭性を示すものとして建物棟数密度及びグロス建蔽率を指標としました。これは建物棟数密度やグロス建蔽率が高い町においては、火災発生時の延焼のリスクが高く、また建物倒壊時に緊急車両が通行する道路がふさがれるおそれがあるためです。なお建物棟数密度とグロス建蔽率は地域内の建物の密集度合いという点で似た意味合いを持つ指標ですが、[7]においてはそれぞれ異なる意味合いを持つ指標と位置付けられているため、本稿ではどちらも指標として採用しました。
B下町保全面については、京島3丁目の持つ下町としてのまちなみの魅力の要素を考慮しました。そこで、通り沿いに下町特有の活気をもたらす住商・住工併用建物の割合、及び下町の特徴ともいえる階数が少ない建物である独立住宅の割合を指標としました。以下に各指標の具体的な算定式を示します。

@水害対応面
・一時垂直避難可能世帯数:(3階建ての独立住宅居住世帯数)+(集合住宅の3階以上に居住する世帯数)+(集合住宅上階の避難施設に収容可能な世帯数)
・2週間避難生活可能世帯数:(集合住宅の3階以上に居住する世帯数)+(集合住宅上階の避難施設に収容可能な世帯数)
・広域避難必要世帯数:(総世帯数)-(一時垂直避難可能世帯数)
A地震・火災対応面
・防火耐火率:(防火耐火造建築面積)/(総建築面積)
・建物棟数密度:(総棟数)/(京島3丁目面積)
・グロス建蔽率:(総建築面積)/(京島3丁目面積)
B下町保全面
・住商併用住宅割合:(住商併用住宅世帯数)/(総世帯数)
・住工併用住宅割合:(住工併用住宅世帯数)/(総世帯数)
・独立住宅割合:(独立住宅世帯数)/(総世帯数)

以上の指標から、各シナリオを評価しました(表2)。

表2 各シナリオの指標評価

また水害対応面、地震・火災対応面、下町保全面の3つに加え事業性の観点も加えて評価をまとめました(表3)。

表3 各シナリオの評価のまとめ

災害安全性の水害対応に着目すると、趨勢型は集合住宅上階に避難施設を設けず、独立住宅を3階建て以上に建て替える際の助成等を行わないため、他の2つのシナリオに比べると広域避難必要世帯数は多くなっています。下町保全型は水害対策特化型と比較すると最低高さ制限の導入は行わないことなどから、広域避難必要世帯数の減少幅が小さくなっています。
地震・火災対応面について、水害対策特化型では幅員4m以上の道路に接道していない敷地については建物更新に際して原則空閑地とし、空閑地を一旦行政が預かり周辺の敷地が空閑地となり十分な建築面積が確保できるようになった時点で集合住宅として整備する施策の導入を行っているため、集合住宅に居住する人口が増加し、結果として空閑地の増加、棟数密度、グロス建蔽率の減少につながりました。
下町保全の観点では、趨勢型や水害対策特化型は住商併用住宅や住工併用住宅から専用住宅への用途変更が多く発生したため、併用住宅割合の減少、独立住宅割合の増加につながっています。下町保全型では住商併用住宅、住工併用住宅の建物更新に際して助成金を交付し、同用途への建て替えとすることで、他の2つのシナリオに比べると既存の商店街や住工併用住宅が残る形となっています。
事業性に関しては、趨勢型は現状事業の維持である一方、水害対策特化型に関しては、行政が空閑地をいったん預かる必要があるなど、コストや時間もかかり実現可能性に欠けると判断しました。下町保全型に関しては行政の負担は限定的で実現可能性は高いと判断した一方で、助成金の多さなどコスト面の不安は存在すると考えています。

まとめ

以上の3シナリオの評価から、下町保全型シナリオは京島3丁目にある下町のまちなみの魅力を残しつつ、災害危険度を下げる効果が見込めることがわかりました。一方で、下町保全型シナリオにも考慮すべき課題が存在します。水害避難に関する推計結果を見ると、2030年時点で約4割の世帯が地区内での避難が不可能で、広域避難を行う必要があります。そのためハード面の取り組みに加え、ソフト面の取り組みも充実させることで、まちなみと両立させた防災はより効果を発揮すると考えられます。

注記

本分析は東京都都市計画基礎調査のデータを使用しています。

参考文献

[1]地震に関する地域危険度測定調査 - 東京都都市整備局(最終閲覧2022/10/16).
https://www.toshiseibi.metro.tokyo.lg.jp/bosai/chousa_6/home.htm
[2]墨田区水害ハザードマップ(最終閲覧2022/10/16).
https://www.city.sumida.lg.jp/anzen_anshin/bousai/suigai/suigai.html
[3]住宅市街地整備推進協議会研究会 墨田区密集市街地のまちづくり(最終閲覧2022/10/16).
http://www.jushikyo.jp/doc/zenkoku2018/08.pdf
[4]江戸川区 江東5区広域避難推進協議会(最終閲覧2022/10/16).
https://www.city.edogawa.tokyo.jp/e007/bosaianzen/bosai/kojo/koto5_kyougikai.html
[5]産経フォト 賛否分かつ巨大な壁 海岸に横たわる防潮堤(最終閲覧2022/10/15).
https://www.sankei.com/photo/story/news/171120/sty1711200002-n1.html
[6]宮川大輝, 浅見泰司, 樋野公宏, 對間昌宏, 薄井宏行(2018), 東京都区部における建物更新の起こりやすさと住環境 建物・立地・居住者等に着目して, 都市計画論文集, No. 53, Vol. 3, pp. 1485-1490.
[7]腰塚武志(1988), 棟数密度に関する理論的研究, 都市計画論文集, No. 23, pp. 19-24.

文責:江端吾朗・福島渓太