生活・ケアから住まいを考える

-介護付き有料老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅に期待すること-

 

(3) 年齢別死亡数の歴史的推移について

 これからの死亡の動態を国立社会保障・人口問題研究所の金子隆一副所長 (現在明治大学教授) による資料をもとに説明します。ご承知のように、2039年に165万人にのぼる死亡のピークがあります。学生にその話をしたら、「私は葬儀屋に勤めます」という立派な学生がいました。しかし、葬儀形態がガラッと変わり始めています。以前は世代の交代式だったのですね。元社長がお亡くなりになった時、盛大な社葬を行いますが、それは社長の後退死を広くアナウンスをすることになります。家業的な会社はもっとその習慣が強く、人生50年60年に使われた習慣がお葬式です。葬儀屋は質素にやる必要は全くなく、派手にやるべきだという世界で葬儀ができていました。単価が安くなり十数万でお葬式が可能になりました。このときに人の死後をどうするかという構造がガラッと変わります。そうすると今賃貸住宅の問題で入居者のあとに残したものをどうするかという、これは相続問題とも絡みますし、相続すべき相手がいない場合もあります。
 今から大問題になるだろうと思うのは田畑、林業の衰退と構造変化です。生病老死という世代交代がスムーズにいくことを前提にしていますが、人口減少社会の中で起こるわけですから、この問題をどう考えるかとともに、人生の終わりがだいたい85歳以上です。これまでは1970、80年代の構造で色んな社会システムができました。ところが、それが人口の年齢構成が違った時代になっていきます。
 がんによる死亡のモデルをどう考えるか、住宅で言うと在宅ホスピスになります。癌というのは、相当程度最期まで活動性が高いのです。これは例えば、丸谷才一のように最後はがんと闘いながら小説を最後まで書き続けていて、芸術家の相当部分は最後まで創造活動をして亡くなります。さて、平凡な我々の末期はどうなるのだろうという議論、脳血管疾患の後遺症というのにどう対処するかというテーマですね。
 日本が変な社会と言われるのは、人の死ぬ場所が自宅は12%しかないことです。2007年ぐらいのデータで、国際長寿センター調べによって得たものですが、病院が81%でようやく落ち始めていて、施設がたった4%になっています。アメリカで言うと自宅が31%、病院が41%、施設が22%、オランダは自宅が31%、病院が35%、施設が33%、だいたい病院死がこんなものなんです。病院で死ぬのは急性期医療の失敗の結果の死亡であります。日本はそれも含めて抱え込んでいて、療養病床について日本は病床数が世界一です。ですが、病床数の維持数は世界最低です。手間のかからない寝たきりのお年寄りを病院が抱え込んできたという構造があって、2000年に介護保険制度ができたのはそれを何とかするというのが目的であり、福祉が保険になったわけではなくて、医療が長期療養を引っ張ってきて介護保険をつくったというのがあります。